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「……い、先輩。起きてください」
軽く揺すられた気配に目をあけると、微笑む黒瀬と目が合った。
「顔、赤いけどだ」
「大丈夫ですっ!」
最後まで言えずに黒瀬の声が被さる。
「そう…」
立とうとすると手が差し伸べられた。
甘んじていいのか分からず、手を出しかけていると手首を掴まれ強く引っ張り上げられた。
勢いに足がもつれ、いつの間にかキチッと締められたネクタイが目の前に迫ってきた。目を瞑ると黒瀬の胸にぶつかった。
「軽いっすね」
頭ひとつ分だろうか高い頭上から聞こえた声に、顔をあげると耳が赤くなっていた。
体を離し、謝る。
黒瀬は近くの椅子に座り顔を突っ伏した。
「俺、後輩ですよ。敬語なんてやめてください」
もう彼の耳は赤くなく、少し拗ねているように見えた。
(昔、よく遊んだ女の子の拗ね方と一緒)
朱音の口元がふんわりと微笑む。
…………
背伸びをしてから、畳まれていたネクタイを締め直す。
ポケットに入れていたスマホを取り出し、通知画面を見ると沢渡からメッセージが入っていた。
数時間前の通知時間が記載されている。
きっと昼に別れた後に送ったのだろう。
アプリを開き、確認する。
『悪い。水ない。』
その一文と今日の気温を考え、恐らく暑さにやられ倒れたのだろうと思った。
これ以上、痴態を出す前にと朱音の肩を揺する。
眠そうな表情で起きる姿が可愛く思え、顔が熱くなった。
遮るように返事をし、立ちにくそうにする朱音に手を差し伸べる。
(なんか考えてるな)
もどかしくなり、細い手首を掴む。
思いのほか軽かったのもあり、勢いよく胸元に収まってしまった。
(これは……不可抗力っ!!)
また顔が熱くなる。
小さく謝られ、なんとなくイラついてしまった事を悟られまいと椅子に座り、テーブルに伏せると敬語をやめて欲しいと伝えた。
朱音が微笑んだ事も知らずに。
…………
他の部活動が終わる前に帰ろうということになり、
誰も居ない坂を歩く。
昼間に比べれば幾分か日が傾いてきたのもあり、陽射しが一層強くなる。
貰ったペットボトルのお茶に口をつけ、リュックにいれてから背負いなおし振り返る。
誰も歩いていない登り坂を黒瀬の影だけが長く伸びた。
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