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夏休みは過ちと言うなかれ 〜理性は保たれない〜
弟の甲高い声が頭に響き、
寝不足の奏汰には、キツいと思いながら優しく応える。
「しょー、おはよう。もう少しだけ小さく喋ろうな」弟の小さな手を繋いでリビングへ行った。
父は仕事に行ったらしく、妹の結衣が父がよく座る席でスマホを弄っていた。
「お兄ちゃんが寝坊なんて珍しいね」
昨夕の事なんか言える訳でもなく、曖昧に濁しキッチンへ行き、パンをトースターにセットする。
洗濯を干し終わった母が庭先からキッチンへ戻ってくると、奏汰の姿を見て小声で疑問を投げかけた。
「可愛らしいハンカチは、奏汰の?結衣は違うみたいだから」
「……昨日、先輩に借りた……」
照れると耳まで真っ赤になるとこは、父親にそっくりだと察した母親は何も言わずに静かにキッチンを出る。
「奏汰、昨日言ってたお弁当置いとくわね。結衣、そろそろ準備しないといけないんじゃない?」
「え!?お兄ちゃんがお弁当ってどうしたの?!?」
スマホから顔を上げ驚く。
何故か中学に入学してから気恥ずかしくなり、母が作った弁当を頑なに断っていた姿を知っているだけに衝撃だったらしい。
「……学校で食べるんだよ」
にやにやしながら玄関に向かう妹を手であしらいながら母にお礼を伝える。
制服に着替え、筆記用具や進まなかった課題を数教科分と朱音の英語ワークを詰め込む。
リュックを持ってもう一度リビングへ入り、弁当を追加した。
母と弟に見送られ玄関を出る。
寝坊したのが夏休みで良かったと空いているバス車内を見て安堵した。
時刻は10時半になるだろうか。
足早に校舎に続く坂を登る。
引き戸を開けると真っ直ぐに、朱音が居る場所にいく。
「おはようございます。先輩、早いですね」
「……おはようございます」
困ったように笑う朱音の斜め前に座り、課題を広げる。
(ここによく来れたな。俺…)
意識しまいとするが、解きながらチラつく制服から覗く細い腕や首筋、胸元に目がいってしまう。
(着痩せするんだ)
不可抗力で知ってしまった朱音の膨らみに意識がいきそうになるのを抑え、目の前の数学に集中する。
昼のチャイムが鳴り、部活動の声もやんだ。
「お昼にしませんか?」
ワイシャツの袖を軽く引っ張られる感覚で、意識を戻すとまた困った表情で横に立ち尽くす朱音がいた。
(いつのまに昼に)
腕時計を見て、課題を片付ける。
あまり言葉を交わすことなく弁当を食べる。
…………
9時を過ぎても人が上がってくる気配もなく、夏の音が鳴り室内に響く。
落ち着いた声音が聞こえ、来てくれた安堵感か一人ではないのが残念なのか分からない感情からか、変な顔になったのは自分でも分かった。余程、見るに堪えない顔をしていたんだろう直ぐに目線を外された。
課題をしている途中で、視線を感じる。
(何か付いてるのかな)
確認の声をかけるのを躊躇する。
やはり、自分から声をかけるのはまだ無理だ。
(そもそも名前以外よく知らない)
時間だけが進み、昼のチャイムが鳴る。
鞄の中から、お弁当を取り出し食べようとするがシャーペンの音がずっと聞こえてくる。
自分一人勝手に食べればいいのだが、近くに座られていてはそれもしにくい。
(……声、かけにくいなぁ)
しばらく見ていたが、時間に気づいている雰囲気ではない為に開けていた蓋を軽く閉める。
なんとなく触るのも気が引けたが、手を伸ばし袖口を引っ張り昼である事を伝えた。
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