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…………
弁当箱を片付け、朱音に声をかけた。
驚いていたが了承してくれ、隣の席に移動する。
どうしても分からない問題があり、教えてもらおうと考えた。
「……どこ、ですか」
教えてもらいながら、一言二言関係のない会話をするも敬語のままだ。
外してほしいと頼んだが、まだ朱音との間に見えない壁があるようでもどかしい。
教え方が良いのか、自分でも驚く程にすらすらと数学の問題が解ける。
…………
斜め前でなく隣で課題に取り組み、自然と挨拶以外の話しも敬語なしで話せるまでに打ち解け、夏休みも残すところ6日となった。
「風、強くなってきた」
「そうね」
窓の外を激しく雨風が叩きつける。
隣県に台風が通っていて、その影響がこちらにも多少なりときていた。
じめっとした空気を纏い、電気を点けていてもて明るくはなくやや薄暗い。
「黒瀬君。そろそろ帰らない?」
一緒にいる時間が短いと内心思いながらも、頷くしか無かった。
それぞれに荷物を持ち、廊下に出ようとするも戸が開かない。
建付けが悪く、木造作りであるため湿気で戸が膨張したらしい。
数年前に、特別棟も含め校舎全体が補強工事を受けたというが前任の校長のこだわりで扉や床は木造のままだという。
今まで良く特別棟にある機械や本、楽器がカビたりしなかったなと感心する。
もう一度、強く引いてみるが数ミリ動いた程度では意味がない。
「開かないね。そのうち先生くるんじゃないかな」
「じゃぁ、待ってますか?あ、…先輩のおすすめの本とかあります?それ読んでます」
「おすすめ…」
しばらく考えてから奥の方へ歩き出す、朱音の後を追う。
艶やかな黒髪が背中で歩行にあわせてさらっと動く。
「…最近、括らないんですね」
「うん?」
「髪の毛、最初に会った時は後ろで括ってたじゃないですか」
「結ばなかったら、頭痛があまりしないの。あとは、ただ単に纏まりにくい日が続いていただけ。……あった、これ…っ…かな」
目的の棚に着くと、背伸びをして紺の背表紙に金字で”文学名作集”とタイトルが書かれている本へ手を伸ばすも指先が触るだけで取れる雰囲気ではない。
慌ててリュックを床へ置き、朱音の後ろから手を伸ばす。
本を取り目線を下に向けると朱音の頭頂部が見えた。
(小さいなぁ)
そのまま掻き抱きたい感情を伏せ、後方へ下がる。
「……ありがと」
「もっと早くに取れば良かったですね」
その場に座り、パラッと表紙を開いた。
…………
(驚いた。急に手がきたんだもの)
少しだけドキドキとする胸元を抑え、その場で座って読んでいる黒瀬の横にスカートを整えながら座る。
「黒瀬君って、身長高いのね」
「ふっ」
本に目線を落としたまま笑う黒瀬の横顔を不思議に思い見つめる。
パタンっと音をたて本が閉じられると、少しだけ朱音の方に体を向けてくる。
「どうして笑うの?」
「いや、今更だなって思ってさ。178ぐらいだったかな」
「手足長いし、体も大きいものね」
「そういう先輩は、小さいです」
悪戯に笑う黒瀬を見て、心臓がきゅっとなる。
(?なんだろう。苦しいのに似たこの感覚)
そういえば、前にも黒瀬を見て苦しくなったと思い出す。
他愛もない会話で時間を潰すも外の様子は変わりばえせず、雨風の音が凄まじい。
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