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出会い ~私の場合〜
「……暑い……」
ぼそっと声に出した独り言は、開け放した窓から聞こえる五月蝿いほどの蝉の鳴き声にかき消された。
うっすら汗ばんだ首筋をハンカチで拭う。
視界に入った壁掛け時計に目をやると14時半になろうとしていた。
(帰ろう)
そう思い、席を立ち窓辺に寄る。
校庭から運動部の掛け声と蝉の鳴き声が合わさり、嫌というほど耳に残ってくる。
部活など入ってる訳でもない私は、夏休みだというのにも関わらず図書室に通ってはボーッと過ごすだけの日々を過ごしていた。
読みかけの本を棚に戻すため、奥まった場所にある棚に戻る。
遠くの方で図書室の引き戸が軋んで開いた音がした。
(あぁ、見回りの先生かな)
解放されているのだから、見つかっても注意はされないのだが、思わず音を出すのをはばかられた。
ゆっくりと本を戻し、1歩2歩と音をたてないように歩く。
鞄や形だけ出した課題が広がるテーブルの端が見えた時、ふわっと風に乗って清々しい花の匂いがした。
太陽光に反射するように、真っ白なワイシャツが見え、眩しくて目を細めた。
幼さも残る端正な顔立ちと分かる横顔に、長い睫毛の男の子が窓辺に寄りかかり何かを読んでいた。
あまりにもその姿が綺麗で、近くの棚の陰に隠れる。
男子特有の骨張った長い指先が、ページを捲るその音に驚いて隠れていた棚の本に腕が当たった。
大きな音をたて床に落ちた本を拾い戻してから、何事も無かったかのように荷物のあるテーブルへ歩を進めた。
なるべく見ずに。意識もせずに。
視界に入った上履きから、男の子が年下というのは分かった。
盗み見た事を咎められまいと、乱雑に鞄の中へ詰め込み、足早に引き戸へ向かう。
「あのっ!!」
落ち着いた重みのある声に呼び止められる。
聞こえない振りをして、引き戸を開け廊下へでた。
階段を駆け下り、昇降口へそのまま駆ける。
……
(無視したの悪かったかな)
帰宅の途についた私は、自室のベッドへ腰掛けると男の子の事を思い出す。
学年も違うし、夏休みでもあるしでもう会わないだろうと思い直し制服に手をかけた。
私服に着替えると、鞄が開けっ放しだと気付く。
「やっちゃったー」
乱雑に突っ込んだ課題ノートやプリントがぐちゃっと曲がったり少し破れてしまっていた。
取り出して、手のひらで一生懸命に皺を伸ばしテープで補強する。
夏休みに入ってから1週間しか経っていないのに、小学生のランドセルの底から出てきたような課題の汚さに己を恥じた。
丁寧にいれるべきだったなと後悔しても遅く、ため息をつく。
とりあえず、課題を進めるがあの男の子の横顔と声が思い出され集中力を欠いていく。
英語の課題が手元にないのに気付いて、一際大きなため息をついた。
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