出会い 〜彼の場合〜

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出会い 〜彼の場合〜

長い坂道を登った先に、グレーの外壁が目立つ校舎が見えてきた。 野太い掛け声が後ろから迫ってくる。 野球部のユニフォームに追い越される。 入学してから登ってきた坂がキツく、思わず顔を伏せ汗を半袖で拭う。 (頑張るなぁ) 「おい!今日も行くのか?」 そう言われ、顔を上げるとよく日に焼けた友人の顔が見えた。 「沢渡。お前、走らなくていいのかよ」 その場で駆け足をしている友人・沢渡 剛(さわたり つよし)に問いかけた。すでに他の野球部は坂を駆け上がっていた。 「今日は1年だけ坂ダッシュだから」 そう返答し、にかっと笑う沢渡に呆れる。 「ほんで、今日も行くのか?」 先程と同じ質問に頷くと、沢渡は納得したようで野球部の方へ向かって行った。 少し足を止めてから、歩を進めた。 校門をくぐり抜け、中庭へ。 見つからないように、上を見上げると1箇所窓が開いている。 ちらっと人陰が見えた。 ドキリと心臓が早鐘を打ちはじめ、踵を返して昇降口へ向かう。 上履きへ履き替える時間も惜しいと感じながら、窓が開いていた場所へ駆け出し、階段を上りきってから呼吸を整えた。 「大丈夫。誰ともすれ違ってない。だからまだ居る」 そう口に出し、軋む音をたてる古い引き戸をあけた。 むわっとした夏の空気が全身に当たる。 他に人が来るはずもないのに、この空気を崩したくなく戸を閉めた。 人陰はないが、荷物がテーブルの上に置きっぱなしである為、室内に居る事は確信した。 目当ての場所につくと、テーブルの上にあった英語ワークに手を伸ばし表紙に書かれた、丁寧な字を指でなぞる。 (湯浅 朱音(ゆあさ あかね)。我ながら気持ち悪い事してるな) パラッと中を覗くが、学年が違うと当たり前だが内容も分からずにただ眺めるだけになった。 そろそろ戻さないといけないな。そう思った瞬間本が落ちる音がした。 目をやると、艶のある長い髪を後ろに束ねた湯浅朱音が現れ本を拾っていた。 まさか近くに居るとは思わず、焦る。 首筋に一筋の汗を流しながら、荷物を詰め足早に去っていく湯浅の後ろ姿を眺め、手に持った英語ワークを返さなければと思い声をかけた。 「あのっ!!」 引き止めも虚しく、図書室の戸は閉められた。 …… どうしたものかと、野球部が終わるのを待ち沢渡に声をかける。 なんとも言えない表情をしている友人の肩を軽く叩く。 「黒瀬、会えなかったんか?先輩に」 「いや、会えたよ。会えたけどさ……」 そう言って、片側の肩に掛けたリュックから返しそびれた英語ワークを出した。 「お前、とうとう盗みまでしたか」 哀れみを帯びた視線を向けてくる沢渡に、弁明する。 「とりあえず、明日でも明後日でも会った時に返せば?毎日、来てんでしょ?先輩」 そうあけらかんと言い放つ沢渡に、そうだなと一言返し、2人で帰路にたった。
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