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夏休みは過ちと言うなかれ
けたたましく鳴く蝉の声で目が覚めた朱音は、ぼーっとしながらスマホの液晶を確認する。
7時25分
何時もならバスに乗っていなければならない時間だが、夏休みに入ってるため何時に起きても構わない。
1階へ降り、リビングで新聞を読んでいる父と朝食の準備をしている母に挨拶をしてから、洗面所で顔を洗い簡単に髪を整え戻る。
「お父さん、今日は遅いんだね」
「たまにはな」
新聞から目を離さず、短く答える父をよそ目に冷蔵庫から、ジュースを出す。
「今日は、何時に出るの?お母さんも仕事だから」
とお弁当を3つ用意しながら、テキパキ動く母に
「……9時半過ぎかな」
脳内でバスが混まない時間を逆算し答え、朝食を摂る。
「気をつけてな」
そう言い残し、玄関へ向かう父を追いかけ母も一緒に出る。
相変わらず、仲がいい。
毎日一緒の車で一緒の職場に向かう両親に声をかけた。
「いってらっしゃーい」
……
「そろそろ準備するかな」
洗面所へ行き、簡単に身支度を整える。
今日はなかなか、髪が纏まらない。
「いっか。夏休みだし」
校則で、肩下になる髪の長さは括らないといけないのだがきちんと従っているのはごく一部の生徒だけ。
校則を1つ守らないだけで、ちゃんと女子高生という気持ちになるのはどうかしている。
苦笑いしながら自室へ戻り、ハンガーへ掛けているセーラ風のワイシャツへ手を伸ばし着用すると、鞄の中に進みもしていない課題を詰めていく。
「やっぱり、学校かなぁ」
英語ワークが無いことを内心焦りながら、昨日は部屋中を探した。
終業式の日にも机の中身は全て持って帰ってきたはずだった。
さすがに、高2にもなって課題の未提出はダメだろと突っ込んだ。
母が作ったお弁当も持ち、革靴を履いていた時にスマホが鳴る。
『おはよ。
今日も学校行くの?せっかくの夏休みなんだから、佳奈とも遊んでね』
真向かいに住む幼なじみの佳奈からのメッセージに、返信しながら玄関をでると、ちょうど、ワンピースタイプの制服を着て、ふわふわした巻き髪の佳奈が居た。
お互いに挨拶を交わし、バス停への道を歩く。
「佳奈も学校なの?」
「そー。夏休みにもなって、ありがたーい聖教という名の補習。正直、行きたくないんだけどぉ」
キリスト教教育の学園に通う佳奈は、少しうんざりした表情を見せた。
お淑やかなお嬢様という見た目に反して、ハッキリ物をいう佳奈の性格は、口下手で陰の薄い朱音にとっては羨ましいもの。
他愛のない会話をしながら、お互いに道路を挟んで反対方向のバス停へ向かった。
先に来た佳奈が乗るバスを見送り、スマホへ視線を落とす。
(予定より早いなぁ)
9時半過ぎのバスに乗るはずが、早く出てしまって9時にバス停に着いてしまった。
佳奈とメッセージのやり取りをしていると、バスが着いて乗り込む。
エアコンが効いて涼しいはずの車内は、そこそこ混んでいるためかやや蒸し暑かった。
数十分、バスに揺られると学校最寄りのバス停に着いた。
そこで降りるのは同じ学校の制服や部活服を着た生徒数グループだけだった。
友達同士でお喋りしながら、長い坂を登っていく生徒の背中を見送りゆっくりと歩く。
この坂を登り始めて2年になるが、体力に自信のない朱音にはいつまでたっても慣れないものだった。
「やっと着いた……」
汗を拭い、靴を履き替えて校内の自販機で冷たいお茶を買った。
喉を鳴らしながら、一気に飲み干すともう1本、お昼用に買い足し水滴で濡れないようにハンカチでペットボトルを巻いて鞄へ直しこみ、教室へむかった。
外壁は比較的新しいくせに、校舎内は床や戸が軋む程古い校内の一角にある『2の3』と版が下げられてる教室の戸を引く。
シーンと静まり返った廊下に引き戸の音だけが、大きく響きドキドキと緊張感が増した。
窓側の後方席の机に行き、中を見るもやはり空になっており、ロッカーの中も持ち帰らなくていい辞書やいつ使うのかわからない分厚い教科書の他に探している課題のワークはなかった。
ロッカーを閉めながら、ありそうな所を思案するも部活動に入っておらず寄りそうな場所が検討つかないのは困ったものだった。
しゃがみこんで探していたため、スカートの裾が埃で汚れたのを軽く叩きながら教室を出て、特別棟へ続く渡り廊下を歩く。
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