夏休みは過ちと言うなかれ

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…… そこそこ混んでいるバスの後方席に、沢渡と軽く喋りながら座っていると一方的に見知った顔を見つけた。 髪型が違うし、顔を下にむけているがあの人に違いないないと。 同じく、沢渡も気づいたようで軽く肘で押してくる。 乗り込む客を乗せ、バスが発進したと同時に手に持つスマホが小さく震えた。 横でにやにやと笑っている沢渡からだろうと検討つき、メッセージアプリを開いた。 案の定、沢渡からでニヤついた顔のスタンプが送られてきていた。 無視を決め込むともう一度、スマホが震え沢渡から 『ちゃんと返せよ』 『話しかけろ』 『砕けてこい笑』 と連投のメッセージがきた。 (余計なお世話だ) そう思いながら、こちらには気づいていない彼女の後ろ姿を眺めていた。 学校最寄りのバス停に着くと、悟られまいとして追い抜く。 沢渡は部活棟へ行くため、校門で別れ中庭に行く。 (きっとまだ来ない) 中庭のベンチへ座り、リュックから小説をだすが内容なんか頭に入らない。 校舎が古く、校内にいる生徒も少ないので物音や足音が微かに聞こえてくる。 「黒瀬、どうした」 後ろから野太い声をかけられ、驚いたが振り返り納得した。 「夏休みの課題をしようかと」 そう答えると 「そうか。暑いから校内でやれよ」 軽く会釈し、去っていく担任教師の背を見てまた小説に視線を移す。 しばらく時間が経っただろうか。 対して面白くも無かった小説を半分以上読んだ時、顔をあげると図書室の窓が1箇所開いていた。 「あの人だっ」 まるで視覚から直接、手足に指令がいったかの如く勢いよくベンチから立ち上がり中庭から、校舎内へ戻り渡り廊下を走って目的の場所へ向かった。 図書室へ続く階段につくと、ドクドクと早鐘を打つ鼓動を深呼吸で抑える。 (これは、走ったからだ) リュックを担ぎ直し階段横の鏡で簡単に身支度を整えた。 深く息を吸い「よしっ」と呟き、階段を上りきる。 ギギッと小さく軋む廊下を踏みしめ、角を曲がると締め切られているはずの引き戸が開け放されていた。 じっとりと手汗が滲むのを感じながら、ゆっくり中に入ると窓側のテーブルに座っていた朱音を見つけた。 何かに集中している様子で、こちらには気づいていない。時々、ため息が漏れ聞こえてくる。 それすらもどきりとさせる。 テーブルひとつ分を空け、音を立てないようにゆっくりと荷物を置くと中から返しそびれた英語ワークを取り出した。 どのタイミングで話しかけるか悩みながら、集中している朱音を見つめていると耳に掛けていた髪がさらりと滑り落ちた。 「(……綺麗だ……)」 素直に感じて思ったはずの言葉は、口をついて言霊となって朱音の耳に届いた。
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