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ライアンはある場所で足を止めた。古い球場なので、ところどころまだ木造の部分が残っている。その円形の柱は、改修したときに、あえて当時のままに残されたものだった。かつて深いグリーンに塗られていたはずの木製の柱は、ちょうど人々の手が届く高さのところだけ、色あせていた。無数の落書きや、文字や絵を彫った跡が残っている。その中に、不器用な形で彫られた「A & R」という文字を見つける。
Alex and Ryan.
まだ二人きりで球場に通っていた時に、ナイフで彫ったものだ。アレックスは、R & A にしろよ、と言ったが、ライアンは勝手にアレックスを先にした。彫り終わって二人で眺めた時に、なんだかカップルみたいだな、と言って笑いあった。
そっと指でAの文字をなぞる。
「ああ。そんなこともあったっけな。でも、すぐ別れたろ。―― やっぱり野球はお前と見たほうが楽しいって分かったんだ。それに、お前だって、その後すぐ彼女を連れてきてたじゃないか。あのときは、いよいよこれからはお前なしで試合を見るのかと思ったぜ」
アレックスの胸の中に苦い思い出がよみがえる。あの頃の彼は、ライアンを失うのではないかという恐怖と闘っていた。だから、一縷の望みをかけた。だが、それが叶わないことは最初から分かっていた。
「でも俺だって、たった一回連れて来ただけで、終わったろ」
(やっぱり、お前しかいないんだ)
スマートフォンの向こうで、ライアンがため息をつくのが聞こえる。
「ああ。あのときは正直、ほっとしたぜ。……本当に、いろいろあったな。チームと一緒に育ってきた感じだよな、まさに」
「そうだ。それが、やっと、ポストシーズンに残るまでになったんだ。でっかい夢が、手を伸ばせばつかめるところまできたんだ。こんなチャンス、この先もう二度とないかもしれない。わかるか?」
(だから、俺も背中を押されたんだ。俺も、でかい夢をつかめるかもしれない、って。目の前にある、大きな夢を――)
「だから、早く来い。これまでみたいに、見届けようぜ、二人で」
「ああ……」
まだ迷ってるのかよ?!アレックスがイラつきを抑えながら自分たちが座るはずの席を見ると、なんと先ほどすれ違った老カップルが座ろうとしている。
「おいおいおい」
アレックスはスマートフォンを耳に当てたまま、ダグアウト裏の席まで駆け下りる。
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