【腐れ縁×幼馴染】編 (5/23~5/29)

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◆ 腐れ縁×幼馴染 二日目:夜 (慎也視点) ◆  五月二十四日、火曜日。退屈を持て余していると、昼休憩中の先輩から電話がかかってきた。 『慎也、お前腕にひび入ったってマジか?』 「マジです。ギプスでギチギチに固定されて、右腕動きませんから」 『うわー。まさかお前が怪我するなんてなー』  先輩の言う『まさか』は多分、普段注意深い俺が怪我をするなんて思っていなかった。その考えからくる『まさか』なんだろうな。 『利き腕使えないと不便だろ。家のこと、彼女に頼んでいるのか?』 「……彼女?」  言われた意味が分からなくて、頭の中で先輩が言う“彼女らしき存在”を考えてみるが、特に誰の顔も思い浮かばない。  しいて言えば、幼馴染の真希の顔を浮かんだけど、あいつとは恋人じゃない。お互い告白をしていないし、されたこともない。  それでも思い当たる節を探していると、スマホ越しに先輩が呆れた声を出すのが聞こえた。 『いやいやいや。お前、自分の彼女のこと忘れるとか頭も打ったんじゃねーか?』 「頭は打ってませんよ。メット被ってましたし」  工事車両の誘導員として、骨にひびが入ったあの日も安全ヘルメットは着用していた。というか、してなかたら仕事が出来ない。  そもそもあの時、頭を打った記憶はないと伝えると、先輩はスマホ越しにも分かる大きな溜息を吐いて、こう言った。 『二ヶ月前。仕事終わりに会ったあの子だよ。黒髪で、毛先に赤っぽいグラデ入れた』  二ヶ月前。仕事終わり。黒髪に赤いグラデーション。  先輩が並べた単語を復唱しながら記憶を絞り出すと、一人の人物が思い出されて、俺は「あぁ」と言いつつ納得した。 「あの子なら一ヶ月前に別れました」  付き合って半年も経たないうちに自然消滅した彼女。  これまで付き合ってきた子たちと同じ、いつものパターンで。  先輩が言おうとしているあの子も、そんな感じで別れたせいか、すっかり忘れてしまっていた。  確かに今でもあの子と付き合っていたら、怪我をした今、手助けが欲しいって連絡をしたのかもしれない。 「…………」  だけど俺はそこまで考えて、すぐに『それはないな』と心の中で自分の考えを否定した。  明確な根拠があるわけじゃない。特別な理由があるわけでもない。それでも、はっきりと言い切れる言葉。  ――それは、ありえない。  彼女がいてもいなくても、きっと俺は今みたいに真希を呼んで、家のことを頼んでいたはずだ。  これも、はっきり言い切れる言葉。  そこにも明確な根拠も、特別な理由もない。あるのは、どこから湧いてきたか分からない確信。  ――真希(アイツ)だから、任せられる。  その思いだけだった。 「まぁ、家のことは別の奴に頼んであるので大丈夫です。ご心配おかけしました」 『いや、まぁ、慎也がそれでいいならいいけどよ……』  それでいいのか。と、言いたげな先輩の反応に気付かないふりをして、俺は置時計で時間を確認し、先輩の昼休憩が終わる前に電話を切った。  今の電話で彼女と別れたことを自覚したが、後悔や悲しさといった感情が湧いてこない。  なんとなくで付き合った彼女だからか、それとも何度も同じ別れ方をしてきたからか。  ベッドの上で横になりながら考えてみたけど、これだと言い切れる理由が見当たらない。 「……はぁ」  答えが出ないことを、いつまでも考えていてもしょうがない。  とりあえず、使い終えた食器をキッチンに運んでおこう。でないと、真希が来た時にアイツの不服そうなジト目に睨まれる。  あの視線だけは昔から苦手だと、俺は逃げるように食器を片手にキッチンへ向かった。  :――*――*――*――: 「慎也ー。冷蔵庫、配置変えたけどいいよね?」  その日の夜。アパートに来た真希は、スーパーで買い込んだ食材を冷蔵庫に詰め込み終えるとそう尋ねてきた。  もう積み込み終えた後なら、これは事後承諾に等しい内容。――というか、ここで俺が『ノー』と言っても真希が冷蔵庫の中を動かすことはない。  だから俺は頷いて、念のため消費期限が近かった焼きそばの麺の場所を聞くと、それは今から晩ご飯として出てくるらしい。  その為に豚バラ肉やもやしを買って来たと胸を張る真希の姿に、俺は小さい頃の彼女を重ねて笑う。  そうやって些細な事でも自慢げに胸を張って、嬉しそうに笑う姿は大人になっても変わらない。  その仕草が子供っぽく見えなくもないが、俺としては見慣れた光景で寧ろ落ち着く。だから笑って、子供扱いされたと怒る真希を軽くあしらう。 「腹減ったから、早めで頼むわ」 「それ、私も同じだから」  じゃれ合うようなやりとりは、ここでおしまい。  俺は早速調理に取り掛かる真希を見つめ、邪魔にならないよう早々にリビングに戻った。 <次回:五月二十五日(水)夜> ⇒
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