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【腐れ縁×幼馴染】編 (5/23~5/29)
◆ 腐れ縁×幼馴染 一日目:夜 (真希視点) ◆
五月二十三日、月曜日。仕事中、スマートフォンに一通のメッセージが届いていた
――仕事終わり、家に来て――
丁寧なのか、横暴なのか。メッセージアプリに添付された、自宅と思われる住所のマップ。そのリンクアドレス。
こちらの都合はお構いなしの、一方的な呼び出しに呆れながらも、私の足はマップアプリに誘導されるまま歩き出していた。
勿論。空腹を満たす為に、コンビニへ立ち寄るのは忘れずに。
「慎也ー。来たよー」
初めて訪れた二階建てのアパート。その一室のインターホンを一度鳴らして、一声かける。
鳴らしたインターホンで“誰か”が来たことを伝えるんじゃなくて、“私”が来たことを伝える為に。
彼が顔を見せてくれたのは、ドア越しに物音が聞こえたすぐ後のことだった。
「久しぶり。入って」
ドアが開いた瞬間に香ったのは、昔と変わらない香水の匂い。
目の前に立つ彼の服装も、最後に会った時と殆ど変わっていなかった。部屋着は定番の黒のスウェットで、頭には見慣れた赤のヘアーバンド。
そして、
「……ギプス?」
慎也の利き腕に巻かれた医療用のギプスだけは、見慣れないものだった。
驚く私を尻目に慎也は部屋へと戻っていき、私も心が少しだけ落ち着いた後に、彼の後を追って部屋に入った。
:――*――*――*――:
「好きな所座って。なんか飲むなら、適当にな」
初めて入った部屋で、好き勝手にしてもいい。
そう言われると普通は困るけど、慎也相手ならその“困る”という気持ちが湧いてこない。
だから私はひとまずキッチンに向かって、水切り籠の中にあったグラス二つと、冷蔵庫に常備されていた麦茶のボトルを手にリビングへ向かった。
座る場所は一択。昔から変わらない、慎也の左隣。
丁度ソファーの左側にはクッションが一つあるだけで、私はそれをどかして彼の隣に座った。
「それ、どうしたの?」
グラスに二人分の麦茶を注いで、コンビニで買ったサラダやおにぎりをテーブルに広げながら、私は慎也の方を見つめる。
慎也との付き合いは小学校から続くけど、ギプスで固定するほどの大怪我は見たことがなかった。
見慣れた格好の慎也と、見慣れない真っ白なギプス。その二つを見比べながら尋ねると、彼は使い慣れない左手でおにぎりを手に取ると、それを私に手渡した。
ナイロンを取れ、って意味なんだろうな。多分。
「骨にひび入った。しばらくは安静に、だって」
「仕事は?」
「現場仕事だから休み。労災で給料は出るから問題なし」
「そっか」
お互い、東京に上京してから初めて顔を合わせた今日。相手の仕事も知らなければ、住んでいる場所も知らなかった。
だから今、慎也の仕事が現場関係だと初めて知ったけど、それ以上の質問を私がすることはなかった。
ただ、慎也っぽいな、と思うだけ。建築現場の肉体労働か、搬入車両の交通整備か、それ以外か。
何にせよ、デスクワークよりもよっぽど彼に似合う仕事だと思いながら、私はナイロンフィルムをはがしたおにぎりを彼に手渡した。
当然ながらお礼の言葉はない。頷いて、受け取るだけ。昔から変わらない、いつものことだ。
「とりあえず、一週間頼むわ」
「…………」
そしてこれも、昔から変わらない。“いつも”のこと。
唐突に言い出して、相手が断ることを考えていないこの発言。
小さい頃から何度も言われて、振り回されてきたけど、社会人になった今ならもう少し考えて発言した方がいいと思う。
そう思っても、私はそのことを口にしない。小言を言うだけ無駄だって、長い付き合いで分かってしまっているからだ。
小さい頃から一緒で、世間でいうところの幼馴染であり腐れ縁。大学に入学した後から社会人になった今まで、少し期間が空くことはあっても、この関係性は変わらない。
人の慣れは恐ろしいって、誰かが言っていた言葉を思い出しながら、私は大きく溜息を吐いた。
「その腕、絶対一週間じゃ治らないよね?」
「だろうな」
「……まぁ、一週間ならいいか」
間髪入れずに答えた慎也に呆れながら、私もいつものように二つ返事でオーケーを出す。
幸いこのアパートの立地は、私が住んでいるマンションと会社の間ぐらい。通うには丁度いい場所だから、頑なに拒む理由も見当たらなかった。
おにぎりを食べ終えた慎也に麦茶の入ったグラスを渡しつつ、私も空いたお腹を満たすために、おにぎりを食べ始める。
「じゃあ明日、仕事終わりにまた来ればいいの?」
「そうだな。今日は向こうに積んだ洗濯物、洗い終えたら帰っていいから」
そう言って慎也が指し示したのは、部屋の隅に積まれた洗濯物の山。盛りが少ないとはいえ、服に付いた泥や汗は厄介この上ない。
「……はぁ。終電逃したら、タクシー代払ってよね」
「りょーかい」
本当に分かっているのか、いないのか。
生返事を返した慎也から新しいおにぎりを受け取ると、私は自分が食べていたおにぎりを咥え、空いた手でナイロンフィルムをはがした。
余計な言葉は要らない、二人きりの時間。
私はまたこの関係が戻ってきたんだと、ぼんやり思いながら、彼の隣でおにぎりを食べた。
<次回:五月二十四日(火)夜> ⇒
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