30人が本棚に入れています
本棚に追加
◆ 腐れ縁×幼馴染 二日目:夜 (慎也視点) ◆
五月二十四日、火曜日。退屈を持て余していると、昼休憩中の先輩から電話がかかってきた。
『慎也、お前腕にひび入ったってマジか?』
「マジです。ギプスでギチギチに固定されて、右腕動きませんから」
『うわー。まさかお前が怪我するなんてなー』
先輩の言う『まさか』は多分、普段注意深い俺が怪我をするなんて思っていなかった。その考えからくる『まさか』なんだろうな。
『利き腕使えないと不便だろ。家のこと、彼女に頼んでいるのか?』
「……彼女?」
言われた意味が分からなくて、頭の中で先輩が言う“彼女らしき存在”を考えてみるが、特に誰の顔も思い浮かばない。
しいて言えば、幼馴染の真希の顔を浮かんだけど、あいつとは恋人じゃない。お互い告白をしていないし、されたこともない。
それでも思い当たる節を探していると、スマホ越しに先輩が呆れた声を出すのが聞こえた。
『いやいやいや。お前、自分の彼女のこと忘れるとか頭も打ったんじゃねーか?』
「頭は打ってませんよ。メット被ってましたし」
工事車両の誘導員として、骨にひびが入ったあの日も安全ヘルメットは着用していた。というか、してなかたら仕事が出来ない。
そもそもあの時、頭を打った記憶はないと伝えると、先輩はスマホ越しにも分かる大きな溜息を吐いて、こう言った。
『二ヶ月前。仕事終わりに会ったあの子だよ。黒髪で、毛先に赤っぽいグラデ入れた』
二ヶ月前。仕事終わり。黒髪に赤いグラデーション。
先輩が並べた単語を復唱しながら記憶を絞り出すと、一人の人物が思い出されて、俺は「あぁ」と言いつつ納得した。
「あの子なら一ヶ月前に別れました」
付き合って半年も経たないうちに自然消滅した彼女。
これまで付き合ってきた子たちと同じ、いつものパターンでなんとなく付き合い始めて、知らない間に別れている相手。
先輩が言おうとしているあの子も、そんな感じで別れたせいか、すっかり忘れてしまっていた。
確かに今でもあの子と付き合っていたら、怪我をした今、手助けが欲しいって連絡をしたのかもしれない。
「…………」
だけど俺はそこまで考えて、すぐに『それはないな』と心の中で自分の考えを否定した。
明確な根拠があるわけじゃない。特別な理由があるわけでもない。それでも、はっきりと言い切れる言葉。
――それは、ありえない。
彼女がいてもいなくても、きっと俺は今みたいに真希を呼んで、家のことを頼んでいたはずだ。
これも、はっきり言い切れる言葉。
そこにも明確な根拠も、特別な理由もない。あるのは、どこから湧いてきたか分からない確信。
――真希だから、任せられる。
その思いだけだった。
「まぁ、家のことは別の奴に頼んであるので大丈夫です。ご心配おかけしました」
『いや、まぁ、慎也がそれでいいならいいけどよ……』
それでいいのか。と、言いたげな先輩の反応に気付かないふりをして、俺は置時計で時間を確認し、先輩の昼休憩が終わる前に電話を切った。
今の電話で彼女と別れたことを自覚したが、後悔や悲しさといった感情が湧いてこない。
なんとなくで付き合った彼女だからか、それとも何度も同じ別れ方をしてきたからか。
ベッドの上で横になりながら考えてみたけど、これだと言い切れる理由が見当たらない。
「……はぁ」
答えが出ないことを、いつまでも考えていてもしょうがない。
とりあえず、使い終えた食器をキッチンに運んでおこう。でないと、真希が来た時にアイツの不服そうなジト目に睨まれる。
あの視線だけは昔から苦手だと、俺は逃げるように食器を片手にキッチンへ向かった。
:――*――*――*――:
「慎也ー。冷蔵庫、配置変えたけどいいよね?」
その日の夜。アパートに来た真希は、スーパーで買い込んだ食材を冷蔵庫に詰め込み終えるとそう尋ねてきた。
もう積み込み終えた後なら、これは事後承諾に等しい内容。――というか、ここで俺が『ノー』と言っても真希が冷蔵庫の中を動かすことはない。
だから俺は頷いて、念のため消費期限が近かった焼きそばの麺の場所を聞くと、それは今から晩ご飯として出てくるらしい。
その為に豚バラ肉やもやしを買って来たと胸を張る真希の姿に、俺は小さい頃の彼女を重ねて笑う。
そうやって些細な事でも自慢げに胸を張って、嬉しそうに笑う姿は大人になっても変わらない。
その仕草が子供っぽく見えなくもないが、俺としては見慣れた光景で寧ろ落ち着く。だから笑って、子供扱いされたと怒る真希を軽くあしらう。
「腹減ったから、早めで頼むわ」
「それ、私も同じだから」
じゃれ合うようなやりとりは、ここでおしまい。
俺は早速調理に取り掛かる真希を見つめ、邪魔にならないよう早々にリビングに戻った。
<次回:五月二十五日(水)夜> ⇒
最初のコメントを投稿しよう!