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◆ 腐れ縁×幼馴染 三日目:夜 (真希視点) ◆
五月二十五日、水曜日。変則勤務で一時間早く出社したこの日。一時間早く退社した私は、昨日より時間をかけて夕飯の用意をしてみた。
手間のかかる下準備は手を抜かず、揚げ具合や焼き具合をしっかりと見極めて。
そうして出来上がった料理をテーブルに並べて慎也を呼ぶと、
「おー。豪快な男飯」
手間暇かけた料理を見た彼の第一声が、これだった。
「……結構頑張ったのに、言うことそれ?」
「いや。このメニュー見れば、誰だってそう思うだろ」
確かにテーブルにメインで並んでいるのは、炒飯や唐揚げといった、育ち盛りの男子が食べそうなメニューばかり。
だけど栄養の偏りを考えて、ちゃんとサラダやスープも用意したのだから、そっちにも目を向けて評価してくれてもいいと思う。
その気持ちを視線に込めて訴えたところで、慎也の関心は炒飯と唐揚げにしか向いていない。ジッと料理を見つめて、食べられる瞬間を待っている。
こうなってしまえば、もう何も言うことが出来ない。こっちが早々に諦めて、この話を終わりにするしかない。
私は「もういいよ」と区切りをつけると、カーペットの上に座り、用意したレンゲスプーンとフォークを慎也に渡した。
「はい。どーぞ」
「どーも」
今夜も隣同士に並んで、二人ともテーブルの方を向きながらご飯を食べる。
いただきます。と、感謝の言葉を述べる習慣は今も変わらなくて、私は小さな嬉しさを感じながら唐揚げに箸を伸ばした。
「ん。うまい」
「ありがとう」
「自炊、今でもしてるのか?」
「学生時代と変わらずだよ。二人分が一人分になったから、お弁当は余り物が多くなったけどね」
昔はお母さんと自分の二人分だった料理が、都会に出てからは一人分しか要らなくなった。
食べ切れる最低限の量を意識して料理を作っても、やっぱり食べ切れない分は出てくる。そしてそれは、翌日のお弁当に入ってしまう。
難しい匙加減に苦笑いを浮かべると、慎也は生返事をしながらもご飯を食べ進め、一個、二個と唐揚げを頬張った。
「けど、あの時よりうまくなっている気がする。めっちゃ食える」
「そう? なら良かった」
余る・余らない問題は今は横に置いておくとして、珍しくお褒めの言葉がもらえた。
それに、彼が美味しくご飯を食べられるなら、今日のところはそれで充分だ。
「昨日の焼きそば、箸だったから正直食いづらかった」
「後半、フォークに替えていたからね」
言いながら思い出すのは、昨日夕飯に食べた焼きそばのこと。
最初はいつものように箸を手にしていたけど、利き手じゃない手で箸を扱うことは困難に等しかった。
すぐにフォークに持ち替えたけど、それでも食べづらそうにしていた慎也を思い出すと、今日はこのメニューで正解だったと改めて思う。
唐揚げはフォークで、炒飯はレンゲスプーンで。それぞれ食べやすいメニューと食器の組み合わせは、どうやら当たりだったみたいだ。
「それに、今日は俺の好物ばっかりだからありがたい」
「慎也って、今でも食べ物の好みは変わってないんだね」
唐揚げに炒飯。焼きそばにカレー、オムライスにハンバーグ。
いわゆる子供舌の慎也の好みを指摘すると、彼は少しだけ眉を動かし、反撃の姿勢に出た。
「そういうお前も変わってないんだろ? 甘い物が大好きで、ピーマンが大嫌い、だったか?」
「…………」
慎也の言葉に、言い返せる言葉が見当たらない。
けれど意地悪く慎也の表情を前にして、素直に頷くことに抵抗感を覚える。
だから敢えて「どうだろう?」と言葉を濁して、この場をやり過ごす。
――と、思ったのだけど……。
「コンビニスイーツの新作。今日見かけたから買っておいた」
「もしかして、シフォンケーキのやつ⁉」
「多分それ。後で食べれば?」
「うん! ありがとう!」
ここまで言ってハッと我に返ると、慎也は隣で喉を鳴らして笑い、「やっぱりな」と勝利者の余裕を見せていた。
「すっげー嬉しそうな顔。本当に変わってないな」
甘い物――特に、コンビニスイーツの新作に弱い私の点を突くと、慎也は余裕のある表情のまま、会話を終えて食事に戻ろうとする。
勝ち逃げで終えようとする慎也の態度に、私はささやかな抵抗として、彼と同じように余裕のあるふりを見せながら相手の弱点を突いてみた。
「それ、ブーメランだから気をつけた方がいいよ」
投げた言葉は、そっくりそのまま自分に返ってくる。
さっきテーブルを見た時。男飯と言いながらも、慎也は大好物を前にして嬉しそうに目を輝かせていた。
あの表情はきっと、さっきの私と同じだったに違いない。
そう指摘すると、彼は恥ずかしそうに顔を背け、私は内心で『勝った!』と久しぶりの勝利を噛みしめた。
このやりとりも、昔から変わらない。
素直になれなくて、意地を張って、だけどすぐに相手に指摘されてバレてしまう。
時間は空いても変わらないやりとりに、私は笑いながら、食後のデザートを楽しみにご飯を食べ進めた。
<次回:五月二十六日(木)夜> ⇒
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