【腐れ縁×幼馴染】編 (5/23~5/29)

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◆ 腐れ縁×幼馴染 四日目:夜 (真希視点) ◆  五月二十六日、木曜日。渡された合鍵で慎也のアパートに入ると、彼は髪を濡らしたままテレビを見ていた。 「おかえり」 「……ただいま」  首からタオルはかけているのに、濡れた髪の毛先からは雫がポタリポタリと落ちていく。  普段なら簡単に拭ける短髪も、利き手が使えないだけやりにくくなる。  今の慎也を見て、改めて怪我の重さを痛感した。 「ねぇ、濡れたままだと風邪ひくよ?」 「ひかないだろ。ギプスしてからはずっとこうだし」  確かにそうかもしれない。右腕を上げられないのなら、慣れない左手で不完全に乾かすしかない。  昨日までの私なら、それもしょうがない、と流せたかもしれない。怪我をしたのならしょうがないと、理由をつけて納得できたのかもしれない。  ……だけど、今夜はその事実が酷く胸を締め付けた。 「じゃあ、今日からは私が拭いてあげる」 「は?」 「ほら、あっち向いて。動かないで」  肩にかけていた鞄をソファーに置いて、素早く慎也の後ろに回り込む。  彼の肩にかかったタオルを手に取って髪を拭き始めると、慎也は不思議そうな顔で振り向いた。私の行動を止める言葉はないけど、代わりに『どうした?』と言いたげな顔を見せて。  だから私は慎也の顔を正面に向けると、彼と顔を合わせない体勢を作ってから、躊躇いながらも口を開いた。 「……子供、庇ったんだって?」  自分の注意不足が生んだ怪我じゃない。誰かを守るために追った大怪我。  事実を知った今、慎也の腕のギプスを見ると心が痛んでしまい、私は無意識に目を背けてしまった。 「誰から聞いた?」 「慎也が庇った子供の親御さん。さっきアパート前で会って、お菓子箱貰ったよ」  アパートのインターホンを鳴らしたが、入江さんは出なかった。  そう言った夫婦の言葉を思い出し、その理由は慎也がシャワーを浴びていた時間と重なったからだと今なら分かる。  私は『渡してほしい』と頼まれた白い紙袋に入ったお菓子を見つめながら、その中に入った子供からの手紙の存在も思い出す。  何を言うべきか考え、黙り込んでしまった私。代わりに、次は小さな溜息をついた慎也が口を開いた。 「トラックとか大きい車って、子供にとっては夢中になる存在だからな。周りに気付かず近づいても無理はないだろ」  俺も、昔はそうだったからな。  そう言葉を続けながら、慎也は頭を僅かに右側に向けて、表情の代わりに声で笑った。 「幸い、トラックが子供を轢くこともなかったし、子供も怪我をすることはなかった。みんな無事だから良かっただろう」  骨だって、折れることはなくひびが入った程度でとどまった。  慎也はその事実をのように話していく。表情は見えないけれど、言葉はこの結末で良かったと肯定している。  ――私は、それが許せなかった。 「よくない」  だから彼の髪を力任せに拭きながら、私は怒る。 「周りが無事でも、慎也が怪我したならよくないじゃん。バカ」  トラックの運転手さんが加害者になることはなかった。子供が怪我を負うことはなかった。事故が大事になることはなかった。  ――それがなんだ。慎也が怪我を負ったのに、何が『良かった』なんだ。  分からず屋の幼馴染が許せなくて、私は一層力を入れて髪を拭いた。  拭いたというよりは、力任せにタオルを動かして、髪をくしゃくしゃにしているだけなのだけど、知ったことか。  バカ、バカ、バカ、と。何度も悪口を言いながら、私は彼の髪をめちゃくちゃにしてやる。 「おい。お前、バカって言い過ぎだろ」 「うるさい、バカ」 「悪口言いたいなら、もうちょっとボキャブラリー増やせ」 「……ばーか。ばーか」 「……ったく」  もういい。と、慎也が私の手からタオルを奪う。  乱れた髪はそのまま。振り返って向き合う体勢になった慎也は、まっすぐにこちら顔を見つめ、私は背けるように俯く。 「子供を助けたヒーローなんだけど、俺」 「怪我するヒーローなら、やめた方がいいよ」  面と向かっては言えない。だけど、言って伝えたい。  怒りながら不満を口にすると、彼は不意に顔を覗き込んで、涙をこらえる私の顔を見て苦笑した。 「……次からは、もう少し気をつける」 「絶対に、そうして」  出来れば少しじゃなくて、もっともっと気をつけてほしい。そして、誰かを庇って怪我をしないでほしい。  世間では美談とされるだろう話も、私にとっては悲話でしかない。  子供の無事を喜んでいないわけじゃない。さっき出会った夫婦のことを思い出すと、大切な家族が救われたことはいいことなんだって分かっている。  だけど――だからこそ、私は慎也に怪我を負ってほしくなかった。  あの夫婦と同じで、大切な人が傷つく姿なんて見たくないんだ。 「……ばーか」  最後の悪口を言うと、慎也は困ったように眉を顰め、 「バカって言う方がバカって、子供の頃に言わなかったか?」  そう言って、駄々をこねる子供のような私の頭を撫でてくれた。 <次回:五月二十七日(金)夜> ⇒
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