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◆ 腐れ縁×幼馴染 五日目:夜 (慎也視点) ◆
五月二十七日、金曜日。五連勤を終えた真希は、帰ってくるなりソファーに倒れこんだ。
そして、
「今日は飲むぞー!」
買ってきた惣菜やチューハイをテーブルの上に並べ始める。
先程まで疲労困憊で倒れ込んでいた人物とは思えない、機敏で手際のいい動き。
こうなっては止める余地はなく――というか、元から俺には止める気がなく。今にも飲み始めそうな真希を少しだけ留めて、キッチンから箸やフォークを持ってきてから、俺たちの宅飲みは始まった。
「……あぁ~。しみる~……」
それ、ビールじゃなくてチューハイだけどな。
――と、言おうと思った言葉を呑み込んで、俺はビールを飲んだ後に焼き鳥に手を伸ばした。
ビールは苦いから飲めない真希は、期間限定の苺味のチューハイを飲むと、笑いながら頬を赤く染めた。
「お前、もしかして酒弱い?」
「んー……美味しいけど、量は飲めないかも」
だから缶チューハイは一本まで。
そう言って真希は笑って、今夜は特別に奮発したというローストビーフのサラダを食べ始めた。
冒頭、飲むと意気込んでいた割に量は飲めない真希。そのギャップに苦笑しながら、俺はもう一本ビール缶を開けようとした時だった。
――ヴーッ ヴーッ ヴーッ
テーブルの隅に置いていた、真希のスマホが震え出す。この長さだと、メールじゃなくて電話だろうな。
俺は彼女に気にせず出るよう目で促したが、真希はスマホを手に取ると、ソファーとクッションの間に隠してしまった。
「出なくていいのか?」
「うん。……出たら、スマホの側に居るってバレちゃうから」
真希がそう言う間も、スマホの振動は止まらない。一度途切れた後も、何度も再接続されて、スマホは震え続ける。
静まり返った部屋に響く、不快な振動音。
隣に座る真希は何も言わない。何も言わず、ゆっくりと膝を抱えて蹲った。
さっきまで笑って飲んでいた奴が、急に酔いが醒めたように黙り込む。
黙り込んで、何も言わない。蹲って、縮こまる。
――この癖、昔から変わってないんだな……。
「もしもし。どちら様ですか?」
だから動かなくなった真希に代わって、俺が電話に出る。
素早くスマホを奪って、慌てだす真希をギプスの巻かれた腕で抑え込んで、抵抗しなくなったコイツの横で通話を続ける。
電話の相手は男だった。
俺の声に驚いた相手はいかにも動揺した声色で、言葉を詰まらせながら自分が真希の先輩であること。どうして彼女が電話に出ないのかを聞いてきた。
相手がどんな奴かは知らないが、対応が不審過ぎるな。
「あぁ。真希は手が離せないんで、代わりに俺が」
言いながら隣の真希を見ると、彼女は困ったように眉を顰めていた。
けど俺から見れば、その顔は困惑と言うより、困っているから助けてと、何かを訴えているように見えた。
――この顔も、昔と変わらないな……。
「アイツなら風呂入ってますけど、かわります?」
それに応えるように、俺は嘘をついて、電話越しの相手を更に動揺させる。
想像通り、向こうの男はさっきより言葉を詰まらせて、『なん、で?』と聞き返すので精一杯。
これなら、もう一押しでカタがつきそうだな。
「は? なんでって……やる前にシャワー浴びるだろ」
――はい。これでトドメ。
意味深な言葉を知らない男に突きつけられれば、察することは出来るだろう。
「あんたがデリカシーのある先輩なら、そろそろ電話切ってもいいですか? ここから先はプライベートなんで」
それだけ言って、俺は相手が何か言う前に通話を切り、震えなくなったスマートフォンをソファーの片隅に投げ捨てた。
今日はもう必要のないそれを、真希が回収することはなかった。俺たちはいつもの定位置に座り直すと、静まり返った部屋で話し始めた。
「今のやつ、会社の先輩?」
「……去年まで」
「今は?」
「別の部署に移ったから、直接の先輩じゃない……」
「なら、これでいいか。飲み直そうぜ」
多くを語ろうとしない真希に、俺が問い詰めることはしない。嫌な話をさせるほど、俺の底意地は曲がっていないはずだ。
それに、無理に問い質さなくても、ある程度は予想がついている。尚且つ、これまでにこういうことがなかったわけじゃない。
「お前、昔から変なやつに好かれるよな」
「……確かに」
ぎこちなく笑いながら、真希は強張らせていた身体から力を抜き、もう一度缶チューハイを手に取る。
「けどその度に、慎也が追い払ってくれたよね」
「そうしないとお前、ずっとミノムシになるだろ」
「ミノムシ?」
「布団に包まって、何も言わず出てこなくなるアレ。その度におばさんが心配して、俺に相談してきたんだよ」
「……ごめん」
「俺よりおばさんに謝れ」
今度実家に帰った時にでも、親孝行しろ。
そう言葉を付け加えて、俺も新しくビール缶を開ける。
「まぁ、今は飲むか」
嫌なことは忘れて、楽しい気持ちで酒を飲む。
余所から水は差されたが、気持ちを切り替えて今夜は宅飲みを満喫したい気分だ。
「うん。――乾杯」
「乾杯」
互いに差し出した缶を軽くぶつけ合い、俺たちはもう一度二人きりで飲み始めた。
<次回:五月二十八日(土)夜> ⇒
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