【腐れ縁×幼馴染】編 (5/23~5/29)

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◆ 腐れ縁×幼馴染 五日目:夜 (慎也視点) ◆  五月二十七日、金曜日。五連勤を終えた真希は、帰ってくるなりソファーに倒れこんだ。  そして、 「今日は飲むぞー!」  買ってきた惣菜やチューハイをテーブルの上に並べ始める。  先程まで疲労困憊で倒れ込んでいた人物とは思えない、機敏で手際のいい動き。  こうなっては止める余地はなく――というか、元から俺には止める気がなく。今にも飲み始めそうな真希を少しだけ留めて、キッチンから箸やフォークを持ってきてから、俺たちの宅飲みは始まった。 「……あぁ~。しみる~……」  それ、ビールじゃなくてチューハイだけどな。  ――と、言おうと思った言葉を呑み込んで、俺はビールを飲んだ後に焼き鳥に手を伸ばした。  ビールは苦いから飲めない真希は、期間限定の苺味のチューハイを飲むと、笑いながら頬を赤く染めた。 「お前、もしかして酒弱い?」 「んー……美味しいけど、量は飲めないかも」  だから缶チューハイは一本まで。  そう言って真希は笑って、今夜は特別に奮発したというローストビーフのサラダを食べ始めた。  冒頭、飲むと意気込んでいた割に量は飲めない真希。そのギャップに苦笑しながら、俺はもう一本ビール缶を開けようとした時だった。  ――ヴーッ ヴーッ ヴーッ  テーブルの隅に置いていた、真希のスマホが震え出す。この長さだと、メールじゃなくて電話だろうな。  俺は彼女に気にせず出るよう目で促したが、真希はスマホを手に取ると、ソファーとクッションの間に隠してしまった。 「出なくていいのか?」 「うん。……出たら、スマホの側に居るってバレちゃうから」  真希がそう言う間も、スマホの振動は止まらない。一度途切れた後も、何度も再接続されて、スマホは震え続ける。  静まり返った部屋に響く、不快な振動音。  隣に座る真希は何も言わない。何も言わず、ゆっくりと膝を抱えて蹲った。  さっきまで笑って飲んでいた奴が、急に酔いが醒めたように黙り込む。  黙り込んで、何も言わない。蹲って、縮こまる。  ――この癖、昔から変わってないんだな……。 「もしもし。どちら様ですか?」  だから動かなくなった真希に代わって、俺が電話に出る。  素早くスマホを奪って、慌てだす真希をギプスの巻かれた腕で抑え込んで、抵抗しなくなったコイツの横で通話を続ける。  電話の相手は男だった。  俺の声に驚いた相手はいかにも動揺した声色で、言葉を詰まらせながら自分が真希の先輩であること。どうして彼女が電話に出ないのかを聞いてきた。  相手がどんな奴かは知らないが、対応が不審過ぎるな。 「あぁ。真希は手が離せないんで、代わりに俺が」  言いながら隣の真希を見ると、彼女は困ったように眉を顰めていた。  けど俺から見れば、その顔は困惑と言うより、困っているから助けてと、何かを訴えているように見えた。  ――この顔も、昔と変わらないな……。 「アイツなら風呂入ってますけど、かわります?」  それに応えるように、俺は嘘をついて、電話越しの相手を更に動揺させる。  想像通り、向こうの男はさっきより言葉を詰まらせて、『なん、で?』と聞き返すので精一杯。  これなら、もう一押しでカタがつきそうだな。 「は? なんでって……シャワー浴びるだろ」  ――はい。これでトドメ。  意味深な言葉を知らない男に突きつけられれば、察することは出来るだろう。 「あんたがデリカシーのある先輩なら、そろそろ電話切ってもいいですか? ここから先はプライベートなんで」  それだけ言って、俺は相手が何か言う前に通話を切り、震えなくなったスマートフォンをソファーの片隅に投げ捨てた。  今日はもう必要のないそれを、真希が回収することはなかった。俺たちはいつもの定位置に座り直すと、静まり返った部屋で話し始めた。 「今のやつ、会社の先輩?」 「……去年まで」 「今は?」 「別の部署に移ったから、直接の先輩じゃない……」 「なら、これでいいか。飲み直そうぜ」  多くを語ろうとしない真希に、俺が問い詰めることはしない。嫌な話をさせるほど、俺の底意地は曲がっていないはずだ。  それに、無理に問い質さなくても、ある程度は予想がついている。尚且つ、これまでにがなかったわけじゃない。 「お前、昔から変なやつに好かれるよな」 「……確かに」  ぎこちなく笑いながら、真希は強張らせていた身体から力を抜き、もう一度缶チューハイを手に取る。 「けどその度に、慎也が追い払ってくれたよね」 「そうしないとお前、ずっとミノムシになるだろ」 「ミノムシ?」 「布団に包まって、何も言わず出てこなくなるアレ。その度におばさんが心配して、俺に相談してきたんだよ」 「……ごめん」 「俺よりおばさんに謝れ」  今度実家に帰った時にでも、親孝行しろ。  そう言葉を付け加えて、俺も新しくビール缶を開ける。 「まぁ、今は飲むか」  嫌なことは忘れて、楽しい気持ちで酒を飲む。  余所から水は差されたが、気持ちを切り替えて今夜は宅飲みを満喫したい気分だ。 「うん。――乾杯」 「乾杯」  互いに差し出した缶を軽くぶつけ合い、俺たちはもう一度二人きりで飲み始めた。 <次回:五月二十八日(土)夜> ⇒
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