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◆ 腐れ縁×幼馴染 六日目:夜 (慎也視点) ◆
五月二十八日、土曜日。今日も一日が終わる頃、アイツはふと言った。
「……もう、このまま寝たい」
「は?」
一人で占領したソファーの上に横になり、ゆるキャラの顔がプリントされたクッションを抱きしめる真希。
皿洗いや洗濯、更には明日の朝食準備まで終えると、彼女はご褒美プリンを食べながら、ぼんやりと部屋を眺める。
「終電間に合わないし、もういいや……」
「よくねーだろ。終電が無理なら、タクれ」
必要な金は出す。なんなら、タクシーを自宅前まで呼んでやる。
そう言って説得しても、真希は「うーん……」と曖昧な返事をするだけで、一向にその場を動こうとはしない。
もぞもぞとソファーの上で体勢を変えて、残ったプリンを食べ続けた。
「ねぇ、泊まっちゃダメ?」
「ダメ」
「ベッドは取らないからさ。ソファーで寝るよ?」
「だとしても、却下」
真希は食べ終えたプリンの容器をテーブルに戻しながら、様々な提案をしてくる。だけど俺はどの案に対しても妥協することなく、全て切って捨てた。
いいと言えることが、何一つとしてないからだ。
「プリン食い終えたなら、もう帰れ。タクシー、呼ぶぞ」
「…………」
「真希?」
「…………」
名前を呼んでも、真希から反応が返ってくることはなかった。
彼女はソファーの上でうつ伏せに寝転がり、クッションに顔を埋めたまま動こうとはしない。
電池が切れた玩具のように横になり、俺の言葉を無視する。
つまりは、シカトを決め込んでのふて寝だ。
「ふて寝しても無駄だからな。呼んだタクシーに押し込むから」
「……最近のタクシー、そういうお客さんは断るんだって」
どうする? ――と、クッションから顔を上げて、こちらの降参を今か今かと待っている幼馴染のにやけ顔。
いつもなら、馬鹿らしいと呆れて流すことが出来る表情も、今夜は妙に癪に障る。
そっちがその気なら、と。俺はソファーの横に歩み寄り、動こうとしない真希を見下ろしてこう言った。
「ここで寝るなら、襲うぞ?」
自由に動かせる左手でソファーの背もたれに触れ、前屈みで真希との距離を近づける。
小さい頃は当たり前に寄せ合った顔も、こうして大人になってから近づけるのは初めてかもしれない。
長いまつ毛も、艶のあるグロスがついたリップも、ほのかに甘い香水の香りも。化粧っ気のなかった子供時代とは違って、妙な気分になる。
余計なことを考えてしまった俺の目の前で、真希は変わらずその場を離れようとはしない。
彼女は俺と同じようにジッと瞳を覗き込み、暫く続いた沈黙の後、ゆっくりと唇を動かした。
「――襲えるの?」
たった一言、尋ねる言葉。
真希がどんな思いで、この言葉を発したのかは分からない。
片腕にギプスをつけた不自由な男が、女を襲えるのかという意味か。それとも、これまで恋人関係に発展してこなかった腐れ縁を相手に欲情するのかという意味か。
どちらにせよ。まっすぐに俺を見つめる彼女に返す言葉は、ただ一つ。
「襲える。お前相手ならな」
無防備な幼馴染の手を引いて、彼女を無理矢理ソファーから引き剥がす。
困惑する相手が抵抗する前にベッドに向かって歩き出し、片手で相手をベッドの上に突き飛ばす。
すぐに相手の上に跨ぐように乗れば、真希がそれ以上動くことは出来ない。
「…………」
「…………」
互いに何も言わない。
無言のまま相手を見下ろして、見上げて。その体勢のまま、密着した肌から相手の体温を感じる。
昔はじゃれ合って、布団の上で昼寝をするのはよくあることだった。
その度におばさんが俺と真希を見つけて『仲がいいのね』と笑っていた。その話を聞いた俺の親父も『お前、真希ちゃんが好きなのか?』なんてからかってきた。
あの時の俺は顔を赤めて、否定しかできなかった。
けれど今同じことを聞かれたら、なんて答えるだろう。この姿を、どう説明するだろう。
「真希」
相手の名前を呼んでも、分からない。
少し乱れた髪を撫でても、着崩れた服の襟に触れても、その先の答えが出てこない。
ただ。押し倒したベッドの上で、身体を強張らせる真希の姿には欲情する。
少し触れただけで、身体を跳ね上げ、健気に耐え忍ぶ姿は見ていて面白い。
だからこのまま、流れに身を任せるのもいいと思ってしまった。
互いに大人になった今、この先にやることなんて察しがついている。拒むか拒まないかは本人の自由で、抵抗がなければ襲う。
そんな土曜の夜も悪くない。――と、思ったが……。
「……はぁ。バカらしい」
不自由な利き腕の存在を目にすると、やる気が失せる。
冷静に考えれば、この状況に同意も何もあったものじゃない。場の空気に呑まれて襲う時点で、今夜の俺はどうかしているみたいだった。
「タクシー呼ぶから、準備しろ。いいな?」
「う、うん……」
ベッドから起き上がり、そそくさと身支度を始める真希を見守りながら、俺はアパートの前に一台のタクシーを呼んだ。
<次回:五月二十九日(日)夜> ⇒
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