【腐れ縁×幼馴染】編 (5/23~5/29)

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◆ 腐れ縁×幼馴染 六日目:夜 (慎也視点) ◆  五月二十八日、土曜日。今日も一日が終わる頃、アイツはふと言った。 「……もう、このまま寝たい」 「は?」  一人で占領したソファーの上に横になり、ゆるキャラの顔がプリントされたクッションを抱きしめる真希。  皿洗いや洗濯、更には明日の朝食準備まで終えると、彼女はご褒美プリンを食べながら、ぼんやりと部屋を眺める。 「終電間に合わないし、もういいや……」 「よくねーだろ。終電が無理なら、タクれ」  必要な金は出す。なんなら、タクシーを自宅前まで呼んでやる。  そう言って説得しても、真希は「うーん……」と曖昧な返事をするだけで、一向にその場を動こうとはしない。  もぞもぞとソファーの上で体勢を変えて、残ったプリンを食べ続けた。 「ねぇ、泊まっちゃダメ?」 「ダメ」 「ベッドは取らないからさ。ソファーで寝るよ?」 「だとしても、却下」  真希は食べ終えたプリンの容器をテーブルに戻しながら、様々な提案をしてくる。だけど俺はどの案に対しても妥協することなく、全て切って捨てた。  いいと言えることが、何一つとしてないからだ。 「プリン()い終えたなら、もう帰れ。タクシー、呼ぶぞ」 「…………」 「真希?」 「…………」  名前を呼んでも、真希から反応が返ってくることはなかった。  彼女はソファーの上でうつ伏せに寝転がり、クッションに顔を埋めたまま動こうとはしない。  電池が切れた玩具のように横になり、俺の言葉を無視する。  つまりは、シカトを決め込んでのふて寝だ。 「ふて寝しても無駄だからな。呼んだタクシーに押し込むから」 「……最近のタクシー、そういうお客さんは断るんだって」  どうする? ――と、クッションから顔を上げて、こちらの降参を今か今かと待っている幼馴染のにやけ顔。  いつもなら、馬鹿らしいと呆れて流すことが出来る表情も、今夜は妙に癪に障る。  そっちがその気なら、と。俺はソファーの横に歩み寄り、動こうとしない真希を見下ろしてこう言った。 「ここで寝るなら、襲うぞ?」  自由に動かせる左手でソファーの背もたれに触れ、前屈みで真希との距離を近づける。  小さい頃は当たり前に寄せ合った顔も、こうして大人になってから近づけるのは初めてかもしれない。  長いまつ毛も、艶のあるグロスがついたリップも、ほのかに甘い香水の香りも。化粧っ気のなかった子供時代とは違って、妙な気分になる。  余計なことを考えてしまった俺の目の前で、真希は変わらずその場を離れようとはしない。  彼女は俺と同じようにジッと瞳を覗き込み、暫く続いた沈黙の後、ゆっくりと唇を動かした。 「――襲えるの?」  たった一言、尋ねる言葉。  真希がどんな思いで、この言葉を発したのかは分からない。  片腕にギプスをつけた不自由な男が、女を襲えるのかという意味か。それとも、これまで恋人関係に発展してこなかった腐れ縁(幼馴染)を相手に欲情するのかという意味か。  どちらにせよ。まっすぐに俺を見つめる彼女に返す言葉は、ただ一つ。 「襲える。お前相手ならな」  無防備な幼馴染の手を引いて、彼女を無理矢理ソファーから引き剥がす。  困惑する相手が抵抗する前にベッドに向かって歩き出し、片手で相手をベッドの上に突き飛ばす。  すぐに相手の上に跨ぐように乗れば、真希がそれ以上動くことは出来ない。 「…………」 「…………」  互いに何も言わない。  無言のまま相手を見下ろして、見上げて。その体勢のまま、密着した肌から相手の体温を感じる。  昔はじゃれ合って、布団の上で昼寝をするのはよくあることだった。  その度におばさんが俺と真希を見つけて『仲がいいのね』と笑っていた。その話を聞いた俺の親父も『お前、真希ちゃんが好きなのか?』なんてからかってきた。  あの時の俺は顔を赤めて、否定しかできなかった。  けれど今同じことを聞かれたら、なんて答えるだろう。この姿を、どう説明するだろう。 「真希」  相手の名前を呼んでも、分からない。  少し乱れた髪を撫でても、着崩れた服の襟に触れても、その先の答えが出てこない。  ただ。押し倒したベッドの上で、身体を強張らせる真希の姿には欲情する。  少し触れただけで、身体を跳ね上げ、健気に耐え忍ぶ姿は見ていて面白い。  だからこのまま、流れに身を任せるのもいいと思ってしまった。  互いに大人になった今、この先にやることなんて察しがついている。拒むか拒まないかは本人の自由で、抵抗がなければ襲う。  そんな土曜の夜も悪くない。――と、思ったが……。 「……はぁ。バカらしい」  不自由な利き腕の存在を目にすると、やる気が失せる。  冷静に考えれば、この状況に同意も何もあったものじゃない。場の空気に呑まれて襲う時点で、今夜の俺はどうかしているみたいだった。 「タクシー呼ぶから、準備しろ。いいな?」 「う、うん……」  ベッドから起き上がり、そそくさと身支度を始める真希を見守りながら、俺はアパートの前に一台のタクシーを呼んだ。 <次回:五月二十九日(日)夜> ⇒
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