【腐れ縁×幼馴染】編 (5/23~5/29)

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◆ 腐れ縁×幼馴染 七日目:夜 (真希視点) ◆  五月二十九日、日曜日。今日も穏やかに一日が過ぎ去り、当初約束していた一週間が終わろうとしていた。 「結局、ギプス外れなかったね」 「だな」  食べ終えた後の食器を洗いながら、冷蔵庫前に立つ慎也に目を向ける。  一週間経っても尚、存在の消えない医療用ギプス。明日病院で診察を受けると言っていたけど、現状は怪我をしてから一ヶ月も経過していない。  きっと病院では、怪我の状態を確認して、もう少しこのままの生活を続けるよう言われるだけな気がする。  慎也も私と同じことを考えていたのか、目が合うと苦笑し、そのまま冷えた麦茶のボトルを片手で取り出した。 「まぁ。最初の頃よりは片手での生活に慣れたから、来週からは大丈夫だろう」 「本当に?」 「あぁ」  彼の言葉が楽観視の表れなのか、それとも一週間も通わせた私への気遣いなのか。  どちらか判断するのは難しいけれど、私から言えるのは否定の言葉だけだった。 「ご飯、どうするの?」 「スーパーやコンビニの弁当で済ませる」 「洗濯物は?」 「全自動だからなんとかなるだろ」 「乾かした後、畳まないと洗濯物に皺がつくよ?」 「…………」 「掃除だって、洗い物だって。そもそも、それが出来ないと思ったから私を呼んだんでしょ?」  週の始め――月曜日の夜に呼ばれたことを、私は忘れていない。  今だって、見ているこっちがヒヤヒヤするような手つきでボトルの蓋を開け、麦茶をグラスに注ごうとしている。  そんな慎也の姿を見かねて、私は洗い物を中断し、代わりにグラスに麦茶を注いだ。 「自分を〝子供を助けたヒーロー〟だって言うなら、困った時ぐらい周りに頼ればいいじゃない」  用が済んだ麦茶のボトルを冷蔵庫に戻し、私は皿洗いを再開する。洗剤で洗い終えた食器を水で濯ぎ、水切り籠に並べる。  その間、慎也は黙ってグラスの中の麦茶を飲み干し、一息ついた。 「この分だと、まだ二週間くらいはかかるぞ?」 「なら、もう一回食材買い込んだ方がいいね」 「下手すれば、また延長かもな」 「慎也に振り回されるのは慣れているから、大丈夫」 「はっ。なんだよ、それ」  俺の方が真希に振り回されている。  そう言った慎也の言葉に反論は出来ない。私に出来るのは「だよね」と同意して笑うだけ。  慎也が私を振り回して、私が慎也を振り回して。だけどお互い文句を言わず、相手のペースに飛び込むように巻き込まれる。  昔から変わらない、私と慎也の関係。呼び名が付けづらくて、どう説明すれば周囲に理解してもらえるかも不明な関係。  それでも私たちはこの関係性に心地よさを覚え、今も続けているのだ。 「あ、だけど今回は泊まるからね。さすがに二週間も通い続けるのは疲れるから。異論は受け付けません」  ――と、言ってみたはいいものの、私は慎也からの抗議の言葉を身構える。  昨日の夜の一件を思い返すと、今の彼なら私が泊まることを許してはくれない。  私だって一応は大人だから、自分が何を言っているのか分かっている。一夜の過ちが起きる可能性だって、考えていないわけじゃない。  ――ただ、慎也が相手だったらいいとも思っている。  好きという言葉を口にはしないのに、近い距離間と触れられる行為に抵抗感はない。  やっぱり私たちの関係は複雑だと、自分たちの在り方に自嘲した時だった。 「なら、一緒に暮らすか」  慎也の思いがけない言葉に、一瞬反応が遅れてしまう。 「え、っと……それはつまり、泊まってもいいってこと……?」 「それもいいけど、これから一緒に暮らすかって話。このアパートだと狭いから、引っ越しは必須だけどな」  彼が今暮らしているアパートは、一人暮らしには丁度いいサイズだけど、二人で暮らすには狭すぎる。  最低でももう一回り大きい賃貸に移りたいと希望する彼に、私は驚きを隠せないまま、それでも自分の気持ちを伝えた。 「……私、トイレとお風呂は別がいいんだけど」 「それは俺も賛成。後、バスタブは広い方がいい」  昔みたいに二人で一緒に入れる、大きなバスタブを希望する慎也。  私も足が伸ばせるタイプのバスタブが好きだから、彼の希望には二つ返事で快諾する。快諾した後で、 「ところで私たち、恋人同士じゃないよね?」 「だな」  一番の問題点に対し、間髪入れずに言葉を返された。  同棲するにあたって一番大事な部分なはずなのに、慎也は顔色を変えずに事実を肯定する。  けれど肯定した上で、彼はこう言葉を続けたのだ。 「じゃあ、引っ越し前に言うなら……告白とプロポーズ、どっちがいい?」 「…………」  まるで『夕飯は和食がいいか、洋食がいいか』。  そのぐらい軽い口調で尋ねる慎也に、一瞬どうしようもない憤りを感じた。  けれどその憤りも、目線を合わせた先の彼の真っ直ぐな眼差しで、成りを潜めてしまう。  ――長い付き合いだから分かる。この言葉が、冗談じゃないことを。 「……プロポーズだったら、交際期間0日だけど、いいの……?」 「その分結婚人生が長くなるだけだろ。俺はどっちでもいいよ」  どちらにせよ、二人で一緒にいる時間に変わりはない。  恥ずかしげもなく、当たり前のように言ってのけた腐れ縁の幼馴染。  慎也には羞恥心がないのかと抗議したくなるけど、内心では緊張していることぐらい、彼の赤く熱を持った耳を見れば分かる。  私と同じで、照れると耳が赤くなる癖。長い付き合いの中で、いやというほど見てきた共通の感情の表れ。  私は自分の耳も熱くなってきたことを実感しながら、平静を装う慎也を見つめて笑った。 「それじゃあ、プロポーズでお願いします」  ――もちろん、指輪は給料三ヶ月分で!  冗談交じりにそう言うと、慎也は私の子供っぽい発言に呆れながらも笑い、 「りょーかい。楽しみにしとけよ」  いつも通りの軽い口調だけど、二人にとってとても大切な約束を結んでくれた。 <1week story 腐れ縁×幼馴染編 終わり> 【1week story [2nd]  全9編完結】 あとがき+α ⇒
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