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 そんな成田に転機が訪れたのは半年前の十月のことだった。  その日、先日冬用にと電気ストーブを購入した客が店に怒鳴りこんで来た。クレームだと気付いた成田はいつも通りに我関(われかん)せずを決め込もうと、その客と対応している主任から距離を取ろうとした。しかし、あろうことか、その客の矛先が何故か成田に向いてしまった。 「俺はアイツがこの商品を勧めたから購入したんだぞ!」  成田はそのような客に見覚えはなかった。人違いだと主張したかったが、相手の気迫に()されて言葉が出てこない。肩を怒らせながら詰め寄ってくる客を何とかその場は主任が収めて、席に着くよう促してくれた。主任は、ここは俺が何とかするからお前は持ち場に戻れ、と言ってくれたものの、その客は経験豊富な主任でさえも手こずらせた。 「こんな不良品を売りつけたアイツを出せ!」  主任がなんとか(なだ)めようとしても怒りの矛先は始終成田に向きっぱなしで、一向に話が進まない。根負けした主任は最後の手段とばかりに成田を同席させた。  緊張で震える手を隠しながら成田は何度も頭を下げたが、クレーム客は誠意を見せろと暗に過剰なサービスを要求してきた。最後には、 「お前の名刺を出せ!知り合い連中にコイツからは何も買うなと広めてやる!」と怒鳴りつけてきた。耐えかねた成田は思わず、 「勘弁してください!お願いします!」と上ずった声で懇願(こんがん)した。ただでさえ売上に貢献していない成田である。このうえ悪評まで広められたら社員といえどもこの先どうなるか分からない。そういった思いも相まって必死で謝罪をしたところ、思いもかけないことが起こった。  それまで親の仇にでも出会ったように怒り心頭だった客が、急に笑顔を浮かべたのである。
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