ヒーロー

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ヒーロー

 休日の朝。まだ真っ暗な公園。朝の露寒を感じる。寒い。でも、それ以上に俺はワクワクしている。  俺はあの夜から変わった。自分を偽るのを辞め、やりたいことをするようにした。笑顔を作り人を助け、ボランティアにも積極的に参加するようにしてる。その甲斐あってか、少しずつだけど、俺は人と普通に話せるようになってきた。  今日も日課の公園掃除をしていると彩愛が来た。  「俺こっちやるからお前はあっち頼むわ」  彼女はこくこくと頷くと箒と塵取りをもって走る。  彼女とはあれからここの公園で毎朝会っている。別に誘っている訳じゃない。何故か一緒に公園の掃除をするようになったのだ。ただそれだけの関係。  掃除を終えボランティア会場に向かおうとした時だ、彼女が何かを言いたそうな顔でこちらを見ている。  「どうした?」  そう訊くと急にスマホの画面を見せてきた。画面を見ると『連絡先交換しよ』と書かれている。  「たく、それくらい口で言えよ」  そう言いながらも俺は内心嬉しかった。  スマホの画面を見ると電話帳に初めて家族以外の人の名前が入った。  俺はスマホをポケットに仕舞うとボランティア会場に向かう。  *  ボランティア活動を終え、スマホを見ると彩愛からのメッセージが来ていた。  メッセージを開くと。  『助けて』と一文だけ書かれた、意味のわからないメールが入っていた。  助けてと言われても……場所を教えてくれよ。  俺は、まず予定していた公園に向かうことにした。  公園に着くと、見たことのある派手なバイクが数台止まってる。  もしかして……。  嫌な予感が過る。  俺は直ぐに公園に入った。  「正儀くん逃げて!」  その声のする方を見ると、この前返り討ちにした男が狡猾な笑みを浮かべながら両脇に子分を引き連れこちらに歩いてくる。  その後ろの方で彩愛の姿が見えた。  必死に抵抗し声を出そうとする彩愛。だが二人の男に羽交い締めにされ動きを封じられてしまう。  「おい!彩愛に手を出すな!」  男はニヤリと笑う。  「おやおや、お前に女ができたって噂は本当だったようだな」  「だったらなんだってんだよ」  「見た目もそんな優等生みたいになっちゃってよー!」  不意を突くように男の右フックが飛んでくる。だが俺はそれを避ける。 「まて、俺はもう暴力を振るいたくない。俺を殴って気が済むならそうしろ。その代わり彩愛には指一本触れるな」 「おもしれぇ」  男の右の拳を大きく振りかぶると俺の顔面めがけて真っ直ぐ放った。  俺は歯を食い縛りその衝撃に備える。  衝撃と同時に視界がぐらりと揺れ地面に倒れた。  「あっひゃっひゃっ!こりゃいいや!非情の悪魔と言われた正儀様が聞いて呆れるぜ!こんなに丸くなっちゃってよ」  男三人がかりで攻撃を浴びせる。霞む視界の向こうで悲痛の叫びをあげて必死に抵抗する彩愛が見える。  ごめん。こんな事に巻き込んで……。  全身の力が抜け声が遠くなっていく──。  その時だ。  「お巡りさんこっちです!」  「お前たち!逃がさないぞ!」  「やべ!警察だ!逃げるぞ!」  奴つらのその声を最後に意識が──。  ──眼を開けると青空と彩愛の心配そうに覗き込む顔が見えた。  「あぁ俺は……」  上体を起こそうとすると数人の子供が駆け寄ってきて手伝ってくれた。その子供達は俺がよくこの公園で遊んであげる子供達だ。  「へへん!僕たちが一番最初に気づいて大人に教えたんだ!」  お前達……。周りを見れば、他にもその子供達のお母さんや、リハビリをやりに来るおじいちゃん達が俺に笑いかけてくれていた。  少し前までは俺の事を色眼鏡でしか見なかった大人が今はちゃんと見てくれている。  皆の優しい眼に胸が熱くなり頬に暖かな雫が零れた。  「皆さん…………ありがとう…………ございます」  俺のしてきたことは間違いじゃなかった。  …………もう迷わない。  俺はこのままでいていいんだ。  *  俺の体は頑丈でたいした傷にはならなかった。皆も安心し解散していく。いつの間にか公園は俺と彩愛の二人きりになっていた。  そして……何故か俺はベンチの上で彩愛に膝枕をされるている。  「彩愛?もうそろそろ……大丈夫だから?」  上体を起こそうとするも頭を押さえられ阻まれる。  「あの……彩愛さん?」  彼女の顔を見ると頬をピンクに染め狼狽しているようだ。  「恥ずかしい……から……」  そう言うと彼女の小さな手で俺の眼を覆った。その手は温かく震えている。  「どうした?」  「好き」  「え?」  「私……正儀君の事が好き」  俺は、彼女の手を退け、瞳を見た。ずっと俺を信じてくれた曇りない瞳。  俺は彼女の首に手を回すとグッと引き寄せた。  交わる吐息。  体温。  甘い香り。  近づくほどに彼女を強く感じる。  「ばーか。何先に言ってんだよ」  引き寄せ唇を重ねた。  「俺も彩愛の事好きだ」  離れるのを引き留めるように彩愛が俺の首に手を回して引き付け言う。  「もう一回……して」  俺はもう一度キスをする。  「もう一回して」  …………。  「もう一回」  …………。 了
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