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Ⅰ
僕の中学校には歌声の綺麗な合唱部員がいる。
ただし、その子が歌っているところを見たことはない。根拠のない噂だと思う人もいるだろうが、実際、歌っている場所に居合わせた人がそう証言しているという噂もまたあるそうで、噂の根源を否定しようとする人がいないために、僕はその噂を信じている。
真相は一声きけば分かる筈なのに、誰も合唱部の活動場所へ足を運ぼうとはしない。理由は面倒だからだ。しかしながら、男子生徒にはその子の熱烈なファンがいる。
よく冗談を言い合う友人たちもそのファンの一員なので、その魅力について、トクトクと語られたこともある。僕には何も響かなかったが、ほとんどの男子生徒にとって、その子は目の離せない人物なのだ。それくらいは理解している。
「い、いた! いいなあ。愛莉ちゃん!」
校舎と体育館をつなぐ渡り廊下。生徒は体育の授業の準備運動代わりにグラウンドを走らされ、その姿は渡り廊下から確認できる。体育館に向かう途中、僕と歩いていた高田祐樹はグラウンドを走る生徒の中から中本愛莉を見つけて、叫んだ。
「おお、どこ! どこ?」
続いて、藤井景斗も足をとめて、目を細める。
僕は夢中になっている二人の後ろに立って、僕らと同じ授業を受けるため、体育館へ移動している女子生徒を見送った。彼女らの視線は冷たかったが、気がついていない二人が傷つくことはない。どうしたことか、理不尽にも眺めてもいないのに、同じ扱いをされて、僕の気分だけが悪い。
「いいなあ。デートしてぇ」
「クソッ、なんで俺は同じクラスじゃねぇんだ」
人目を気にしない二人を蔑み、先に一人で体育館へ歩き出した。
中本愛莉は美人ではない。それでも男子生徒を魅了するのは、歌声が綺麗かどうかではなくて、ただ胸が大きいからだ。本当にそれだけだ。
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