1人が本棚に入れています
本棚に追加
05.夢越病
病の名は、夢越病と言った。
あたかも冬眠をしているかのように、ずっと夢を見ながら、眠り続けた状態に陥ってしまう病気だ。
この病のメカニズムは、未だに解明されていない。
病が認定された初期の頃に比べて、わかっていることは徐々に増えていってはいるが、まだまだ研究の段階に過ぎない。
――かつて人間の多くは、この地球にいくつもあった、大陸にて生活していた。
けれど、深刻な環境破壊を原因として、海面水位の急激な上昇が続いた。
そして、人類が生活可能な陸地が、殆ど全て水没し、失われてしまうことが、不可避となってしまってた。
事ここに至り、人々は人類存亡の危機に、ようやくのことで気付いたのだった。
では、どうしたか?
人々は、大いに慌てつつ、沈みゆくであろう旧大陸から、土砂や可能な限りの資源を掘り出した。どうせ沈んでしまうのだからと言わんばかりに、掘って掘って掘りまくった。
そうしてそれらを、一カ所にかき集めたのだ。地球上でもっとも標高の高い、ヒマラヤ山脈を起点として、その周辺地域をひたすら埋め立てた。
パニック映画ではお決まりの、自由の女神像は勿論のこと、壊されて埋められた。他にも、ピラミッドの石とか、イースター島のモアイ像とか、ストーンヘンジとか、鎌倉の大仏とか、いろんなものが運ばれてきては、埋められた。文化財がどうとか、罰当たりがどうとか、そんなことを言っていられる状況ではなかったのだ。
悪足掻きのような、やけっぱちの一大プロジェクトは、ある意味成功した。
人類が散々苦労した甲斐あってか、結構な広さの人造大陸を生成することに成功し、そこを新たな故郷としたのだ。
正方形の、概ね平たい形をした大陸は、古代のヘーアンキョーを想起させるかのように、碁盤の目の如く上下に区切られた。そして、かつての国家ごとに、人々が割り振られていったのだ。統一国家なんかは、結局のところ、できなかった。人類はなかなかわかり合えないようだ。
人々はその、即席の超大陸の名を、ネオ・ホープ・オブ・ザ・パンゲア大陸と名付けた。
もちろん『ふざけるな! 何が希望だ!』と、ネーミングセンスの無さに毒づく者もいた。実に皮肉がきいた名前だと、そう受け取ったのだろう。
それでも、どうにかこうにか、人類は生き延びた。新大陸に移民が始まってから、数世紀。人々は世代を重ねていった。
かつて犯した過ちを繰り返さないようにと願いつつ、慎ましやかに生きていった。
その成果もあってか、悪化し放題だった地球環境は、長い時間をかけて改善が進み、かつて沈んだ大陸や島々が、少しずつながらも、海面から頭を出しつつあったのだった。
けれど、悲劇の足音は、すぐそこまで近づいてきていた。
原因不明の病に苦しむ人々が増えたのだ。
かつて、自分達が暮らしていたであろう、あの地に帰りたい……。そんな、望郷の念が募ったかのように。
こんな紛い物の、いい加減な大地ではなくて、かつて自分達が住んでいたであろう、あの地に帰りたい……。
人を構成する遺伝子そのものが、嘆いているのかもしれない。人類の大部分が、ホームシックになってしまったというわけだ。
世代は変わり、一度として見た事も無いはずの地を、懐かしむようになった。
眠り続け、自覚のない夢の中で、現実をなぞるかのように、生き続ける。ぐるぐると、当てもなく彷徨うような症状。
僕の彼女も、そんな病に冒されてしまったのだ。
最初のコメントを投稿しよう!