08.十三回目でようやく初成功

1/1
前へ
/10ページ
次へ

08.十三回目でようやく初成功

「え?」  今日もまた、いつものところ。ハシュタ飛翔駅の駅前広場にあるベンチに腰掛けながら、僕は彼女に、あるものを見せていた。  ――夢の中に、特定の何かを持ち込む事。  そんな事が出来るとは、思っていなかったけれど、上手くいった。 「どういうこと?」 「説明したとおり、だよ」  それは、証書。僕が、つい数ヶ月前に、大学を卒業してしまったという、証明。 「ここは、さとちゃんが見ている夢の中。あまりにも現実そっくりなのが、タチが悪いけど。現実世界の僕は、もう……卒業しちゃったんだ」  そこに何が記載されているか? どのような模様か? 色は? 紙質は?  それら細かい特徴を徹底的に頭にインプットさせて、そのまま手に持っているという前提で、意識の中へとダイヴした。  持ち込めた。結果は成功だ。  簡単に言うようだけど、これまで何度となく試して、その都度失敗してきたのだ。  十二回くらい失敗したかな? 流石にくじけて、この手は使えないかぁと、諦めかけたものだ。執念が成功に導いた。 「さとちゃんは、病院で眠ってる。ずっと、何年もね。お母さんも心配してる。僕は、先進治療を手伝わせてもらっているんだ。研究段階の、手探りな治療なんだけどさ」 「……」 「僕は今、バイトをしてる。フリーターね。……それなら、週に二、三回病院に来ることができるからさ」  彼女は呆然としていた。  この反応は、これまでになかった。 「信じて、くれないかな?」  彼女の頬を、涙が伝って落ちていく。 「ごめん……なさい」  信じて、くれた!  彼女は軽くしゃくり上げながら、僕に抱き着いていた。 「どうして謝るのさ。さとちゃんは何も悪くないし」 「準ちゃんが、ずっと、私を、助けようとしてくれてたのに……。私、信じられなかった」 「そりゃそうさ。僕だって信じられないだろうよ。何言ってんのって、そう思うのが普通だよ」  もう、これ以上、現実世界とのズレを広げたくない。 「私……。元の世界に、戻りたい」  彼女はそう思ってくれた。 「帰ろう。元の世界にね」
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加