09.光の氾濫

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09.光の氾濫

 まずい! 非常に良くない!  彼女が、元の世界に戻りたいとそう言った瞬間、世界が眩いばかりの光に包まれていったのだ。  それには飲み込まれてはいけないと、体が言っている。本能が訴えている。  確証はまるでないけれど、光に飲まれて、消滅してしまいそうな、そんな気がするのだ。 「こっち!」  僕は彼女の手を引いて、駆ける。  この駅の近くで、レンタルモーターサイクルをやっていたはず。  僕は右手の甲をスキャナにかざし、手早くレンタルの手続きを済ませる。 「乗って!」  光の拡大は、今のところはゆっくりだ。  けれど心なしか、早まっているように見える。急がなければならない。  僕はエアバイクに跨がり、モーターを起動する。それから彼女を後ろに乗せて、僕の体にしがみつかせる。 「しっかり掴まっててよ!」 「う、うん!」  どうすればいい? どこに行けばいい? ……あそこしかない! 僕はスロットルを捻った。  彼女が入院している病院だ!  距離にして、僅か数キロ。大して離れてはいない。  信号すら無視して暴走する僕に向けて、周りの車からクラクションが鳴る。うるさい! 邪魔をするな!  白い光が、街全体を飲み込んでいく。  角を曲がり、急ブレーキをかける対向車をやり過ごし、更に加速する!  一発免停ものの危険運転だが、構わない!  病院が見えた。あと少しだ!  彼女が入院しているのは、3階! 302号室だ。  僕は乱暴にエアバイクを乗り捨て、そして彼女の手を引いて、階段を三段抜かしで駆け上がる。  病室のドアを乱暴に開いて、そして……。 「っ!」  何も、無い! ベッドの上には誰も、いない! 「ど、どうすればいいんだ!?」  皆目見当も付かない!  ここに来れば何かがあると、そう思ったのに!  僕は焦った。窓の外は既に光以外何も見えなくなっていた。  そんな時、彼女は……。 「大丈夫、だよ」  僕に、笑顔を見せてくれた。間に合ったから、慌てないでいいよと、そんな調子で。 「ここにいればきっと、元の世界に戻れるよ。……何となく、そんな気がするの」  彼女は僕に寄り添った。 「準くん。助けてくれて、ありがと。……大好きだよ」  眠り続けるお姫様は、王子様のキスで目覚めるって?  そんな、お話みたいなアホくさい展開があるものかよ! 僕はそう毒づきながら、彼女と離れないようにとギュッと抱きしめて、そして、軽くキスをした。
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