復讐の針

1/1
前へ
/3ページ
次へ

復讐の針

(ほ、本当に、あの日殺した女なのか?) 恐怖を帯びた声が、脳内に響き渡り、私は返事を返す。 〈そうよ。びっくりした?まさか、食べた魚の中に私がいるなんて思いもしなかったでしょうね〉 体中のどこかからする声を探すように、男は体中を掻きむしって慌てふためく。 この男は私を殺したくせに罪も償わず、のうのうと生きていた最低な人間だ。私から生を、幸せを、その全てを奪った化け物そのもの。 その罰は死に値する。 ただ、死ぬだけではダメだ。 うんと苦しんで、苦しんで、全身に突き刺さる痛みに耐えながら、思う存分、後悔しながら死ねばいい。 (あ、あの時は……ほ、本当に、す、すまなかった。だから、殺さないでくれ。お願いだ!) 〈本当に身勝手な男。約束を破ったお前が悪い。私は指切りげんまんをしない。約束を守れないなら指切りげんまんはするな。人の命を虫ケラの様にしか思っていないお前が、命乞いなんかしてはいけない〉 男の名前が呼ばれると、ガタガタ音を立てる体がビクつきながら勢いよく立ち上がる。そのだらしない足がベンチから徐々に離れていく。 「指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーます。指切った!」 それを合図に、 男の全身から針の先端が飛び出す。 それは分厚い肉や皮膚膜を見事に突き破る。 全身至る所から、ピューッと吹き上がる血の水鉄砲。 赤い血液の壁に悲鳴を上げる人たち。 男はまるで、全身から生えた針で作られた針人間。人間の形をした剣山の様。 顔だけはまだ無事。 さぁ、口を開けろ! クワッと頼りなく開いた口元から 一気に、一斉に、無惨に、 ドバッ!! ぶち破る数千本の針先。 口内から噴水みたいに溢れ出す血液は止まらない。 針人間はその場に倒れ込む。 赤い飛沫が、綺麗な白壁を何度も汚らわしく染め上げていく。 院内は騒然としていて、あちらこちらから悲鳴が上がる。急いで逃げ回る人たち。 私は男と共に弾けた。死んだ。 いい気味だ。 ……いい気味? 本当にそう思うの? 男が缶ビールをぶら下げながら、歩いていたある日。 「花嫁か。綺麗だな」 男が、似つかわない珍しい言葉を言い放つ。 男の視界には、純白ドレスに身を包んだ美しい花嫁と隣にはシルバーのスーツを着た新郎。 光にそびえ立つ教会の前で写真を撮っている。 私は男の視神経からその光景を眺めた。 新郎の顔には見覚えがあった。 あの日、指切りげんまんをした彼だった。 あの日から何年も経過している。 彼は私の死を悲しんでくれたに違いない。 裏切られた。 彼は約束を破ったんだ。 あの星空の下の「ゆびきりげんまん」 幸せそうな彼の顔をじっと見つめた。それはあの日の笑顔と似ていた。 男の醜い目からは一筋の雫。 どうする事もできない思いが、男の体内で燻り燃える。突き付けられた悲しみは、やがて憎しみになって、男の殺意へまた生まれ変わったのだった。 彼が約束を守らなかったんじゃない。 殺された私が悪い。 私が幸せの余韻に浸らず、走って帰っていればこんな悲劇にはならなかったのかもしれない。 あの日の「ゆびきりげんまん」 それを破ったのは私だ。 〝指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーます。指切った!〟 〈完〉
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加