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あの日の約束
「指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーます。指切った!」
私はあの日、幸せの絶頂にいた。
大好きな彼と夏祭りの帰りに来た夜の海。
左手には膨らんだ透明袋に揺れる金魚。
右手にはあたたかい手のひら。
そして頭上には、今にも落ちてきそうな星粒。
波音だけが響く砂浜に腰を掛けると、隣の彼は左手に持っている袋よりもぷっくりした頬をしていた。
何を怒っているの?
「どうしたの?」
「なぁ、本当に浮気しないか?」
「え?前もしないって言ったじゃん」
「本当に?」
「じゃあ、指切りげんまんしよ?」
私は手を離し、彼の前に小指を掲げた。彼が照れ臭そうに自らの小指を絡ます。
「指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーます!指切った!」
2人だけの約束。指切りげんまん。それは、私が浮気をしないという可愛い約束。
抱き寄せられた向こう側には、降り注ぐほどの星屑が映り込む海原が広がる。彼の穏やかな大海原(愛情)にずっと包まれていたい。
このまま時が止まればいい。
至福の時間が永遠に続きますように——。
「ここで大丈夫?」
「うん。またね!」
彼と結んだ手を千切る。私は高鳴った胸を落ち着かせる様に、深呼吸を一回して家路を1人急いだ。
……あれから何年経過しただろう?
ようやく辿り着いた男の腹わたの中。
違う。もう、全身に張り巡らせたかもしれない。
それは、気付かれない程度に少しずつ。
少しずつ。
だって、この男は「歯が痛い」と勘違いをしている。
その突き抜ける痛みは、虫歯ではない。
「指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーます!指切った!」
あの日の嘘への復讐。
お前はきっと覚えていないだろうけど。
虫ケラみたいに殺した女の顔なんて……。
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