3人が本棚に入れています
本棚に追加
復讐の針
(ほ、本当に、あの日殺した女なのか?)
恐怖を帯びた声が、脳内に響き渡り、私は返事を返す。
〈そうよ。びっくりした?まさか、食べた魚の中に私がいるなんて思いもしなかったでしょうね〉
体中のどこかからする声を探すように、男は体中を掻きむしって慌てふためく。
この男は私を殺したくせに罪も償わず、のうのうと生きていた最低な人間だ。私から生を、幸せを、その全てを奪った化け物そのもの。
その罰は死に値する。
ただ、死ぬだけではダメだ。
うんと苦しんで、苦しんで、全身に突き刺さる痛みに耐えながら、思う存分、後悔しながら死ねばいい。
(あ、あの時は……ほ、本当に、す、すまなかった。だから、殺さないでくれ。お願いだ!)
〈本当に身勝手な男。約束を破ったお前が悪い。私は指切りげんまんをしない。約束を守れないなら指切りげんまんはするな。人の命を虫ケラの様にしか思っていないお前が、命乞いなんかしてはいけない〉
男の名前が呼ばれると、ガタガタ音を立てる体がビクつきながら勢いよく立ち上がる。そのだらしない足がベンチから徐々に離れていく。
「指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーます。指切った!」
それを合図に、
男の全身から針の先端が飛び出す。
それは分厚い肉や皮膚膜を見事に突き破る。
全身至る所から、ピューッと吹き上がる血の水鉄砲。
赤い血液の壁に悲鳴を上げる人たち。
男はまるで、全身から生えた針で作られた針人間。人間の形をした剣山の様。
顔だけはまだ無事。
さぁ、口を開けろ!
クワッと頼りなく開いた口元から
一気に、一斉に、無惨に、
ドバッ!!
ぶち破る数千本の針先。
口内から噴水みたいに溢れ出す血液は止まらない。
針人間はその場に倒れ込む。
赤い飛沫が、綺麗な白壁を何度も汚らわしく染め上げていく。
院内は騒然としていて、あちらこちらから悲鳴が上がる。急いで逃げ回る人たち。
私は男と共に弾けた。死んだ。
いい気味だ。
……いい気味?
本当にそう思うの?
男が缶ビールをぶら下げながら、歩いていたある日。
「花嫁か。綺麗だな」
男が、似つかわない珍しい言葉を言い放つ。
男の視界には、純白ドレスに身を包んだ美しい花嫁と隣にはシルバーのスーツを着た新郎。
光にそびえ立つ教会の前で写真を撮っている。
私は男の視神経からその光景を眺めた。
新郎の顔には見覚えがあった。
あの日、指切りげんまんをした彼だった。
あの日から何年も経過している。
彼は私の死を悲しんでくれたに違いない。
裏切られた。
彼は約束を破ったんだ。
あの星空の下の「ゆびきりげんまん」
幸せそうな彼の顔をじっと見つめた。それはあの日の笑顔と似ていた。
男の醜い目からは一筋の雫。
どうする事もできない思いが、男の体内で燻り燃える。突き付けられた悲しみは、やがて憎しみになって、男の殺意へまた生まれ変わったのだった。
彼が約束を守らなかったんじゃない。
殺された私が悪い。
私が幸せの余韻に浸らず、走って帰っていればこんな悲劇にはならなかったのかもしれない。
あの日の「ゆびきりげんまん」
それを破ったのは私だ。
〝指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーます。指切った!〟
〈完〉
最初のコメントを投稿しよう!