一章

2/8
前へ
/9ページ
次へ
カチャッ… ッ! 「あ、起こしちゃった。ごめんなさい」 「……」 黙って見つめる おれは…そうだこの子供に部屋で好きにしろと言われて ソファーに座って外を眺めていたらいつのまにか寝てしまっていたらしい 外はすっかり日が暮れて暗闇だった 「よく寝れたみたいでよかったです。お水のみますか?」 「……いや、いい」 今度は首を横に振って断った 寝て食ってばかりで少し情けなく感じる 「そうですか」 子供は気にする風でもなく下げていた袋から荷物を取り出して棚にしまっている 袋が大きくて子供が持つにしては大変そうだと思った 買い物なら荷物持ちぐらいしてやったのに と思ったが好き好んでこんな獣人を連れ歩く物好きもいないだろう そんなことをするのは変態ぐらいなものだ 「ふぅ、これでよし…」 小さか独り言を呟き立ち上がった そしてテーブルに風で飛ばされたのだろう楽譜を集めて小脇に挟みそのまま同じく出したままの皿とグラスを持った 俺は慌ててそれを奪う 無言で勢いよく奪ったので子供が驚いていた ……うまくいかないものだ 「……俺が食ったから、俺が片付ける」 ただそう言った それに納得したのかわからないがはいと言って子供は歩き出した それを黙ってついて行く 廊下に差し込んでいた昼間の光は無くなっていて 冷たい風と匂いがした 子供は踵を上げ腕を伸ばし壁についていたランプに手を伸ばし トンと指で叩いた するとオレンジの柔らかい灯りがついた 俺は驚く それに気がついた子供は苦笑いし 「最近すぐ消えちゃうんだ。中の魔法石が古いせいなんだと思う」 なるほど、それならわかった 人間は魔術が得意なものが多い 先天的な要素が多い魔術は魔力が多い人間にとって有利で 獣人は種族の問題で魔術が使えない魔力がないものがほとんどだ トコトコと歩く子供は慣れた様子でこの家を歩く 家というか屋敷だな 広い家だった いくつか扉があったがどこも施錠してある様で 久しく人の出入りはされていない様だった ガチャリと音がしてまた違う匂いが混じった空気の匂いがした ここは…リビングか 無駄に天井が高い部屋で煌々と輝くはずだったシャンデリアはただのインテリアと成り果てていた 少し埃臭い 「そこに座ってて」 俺から皿とグラスを受け取った やっぱりこいつは二倍以上大きい俺を怖がっていない むしろキッチンを塞いでいた俺にどいてという様に腰で押して通り過ぎていった 全く効かなかったら自主的に退いてやった 俺はまた大人しく 光沢感のあるグレーのソファに座る やっぱり柔らかすぎて不安になった キッチンから鼻歌が聞こえる 先ほど演奏していた曲で俺は無意識に耳を動かして耳をそば立てていた 洗い物をするための水音と共に歌が聴こえる なんだかホッとした シャッと音が止み足音が近づく 「…?何かいいことありました?」 「……なんでだ?」 奴は黙って指を差した それを目で追う 尻尾がゆっくりとパタンパタンと揺れていた ! 無理やり手で押さえて何もなかったかの様にする 不思議そうな顔をされたが無視をした 「さて始めますか」 始める?何をだ… 素直に疑問に思っていると 沸かしておいたお湯と水の入った桶 そしてタオルが用意されていた テーブル横に救急箱と書かれた箱も置いた 黙ってその様子を見ていた 何を始めるんだ? 俺は分からずただ黙って見ていた 子供は大人しくしている俺を見遣り 笑った 「じゃあさっぱりしましょうか」 …… さっぱり? 「ちょ、ちょっと暴れないでくださいよ。危ないです」 「ならこの手を離せ」 子供、……奴が僅かに湯気が出ているタオルを持ったまま俺の腰に抱きついている 俺はそれに抵抗して手で抑えるがなかなかにしつこい 無理やり剥がしては怪我をさせるため 下手に行動には移せなかった なんで俺はこんな人間の子供に配慮しているんだ もやもやした頭の中の考えが 本人によって邪魔された 「ほらお湯が冷めちゃいます。さっぱりしたいでしょ?」 「おれは…、別にいい」 「よくないです!」 少しむくれながらも俺から離れない どこにこんな力があったんだ こんな奴があんな音を奏でられるなんて 今は信じがたかった 「やめろ…」 「大人しくしてください」 互いに今度は無言で睨み合う こんな小さな生き物が倍近い大きさの俺に面と向かって立ち向かうなんて怖れ知らずなのか… なんでもいいが勘弁してほしい 「自分でやる」 「怪我しているし背中とか届かないじゃないですか。観念してほしいです」 聞き分けのない子供にする様に言い放つ なんなんだ全く 「匂いますよ」 「ッ!」 奴はわざとらしく俺の体毛に顔を埋め嗅ぐ仕草をした 「や、やめろ、やめてくれわかったから…」 「最初からそうしてくださいよ。座ってください」 … なんとなく勝ち誇った顔をしていて俺はフンと鼻を鳴らすだけにしておいた 改めて桶のお湯にタオルを浸し絞る それをたたみ俺の体を拭いた …… 無言のまま二人でいた タオルをまたお湯で濯ぎ湯が濁る 一応出来る限り布切れで拭いていたがその布自体薄汚れた切り端なので仕方ない 子供はまたお湯を捨て新しいお湯を汲み 甲斐甲斐しく世話をした …… 不思議と悪くなかった 背中から肩、首と顎そして包帯を解いた腕と腹を拭いてくれた 前は拭けるのだがまた騒がれても困るから黙ってされるがままだった 子供は世話をしたがる時期がある だから好きにさせてやる 「立ってください」 「……」 指示に従う 太腿、脹脛、足首と流れ足の裏まで拭かれくすぐったかったが我慢した すると奴は腰布に手をかけた 「そこは、自分でやる」 「あ、そうですねはい」 吹くのに夢中だったのかハッとした顔をした後誤魔化す様に桶を持ってきぬちんに走っていった 俺は後ろを向いて残る箇所を素早く拭いた 「出来ましたよ」 「……」 座ってただ映っているテレビの映像を見つめていた 中身は全く見ていない ただ人間同士がやかましく笑って道化を演じている小太りの男を指して笑っている 横にいる女はもうやめろと言いながらも目が笑っていて くだらないと思った そんな時声をかけられハッとした 目の前には湯気が立っている白いクリームのスープとパン、野菜と腸詰肉を焼いたものがあった 子供はグラスに琥珀色の茶を注ぎ俺の前に置いた 「食べれますか?」 「…これは、お前が作ったのか」 「ええ…、なにか?」 「いや、別に」 内心驚いていたが態度には出さなかった 確かに部屋には食べ物の香りが充満していた 意識すると腹が鳴りそうで鳴らない様に踏ん張った 「それではいただきます」 … 子供はスプーンで器の中の液体をぐるりと混ぜると掬い 人参が入ったスプーンを頬張った そして小さくちぎったパンを小さい口に入れた そして俺の視線に気付き首を傾けた 「どうしました?食べたくないですか?」 「…食べていいのか?」 もう既に散々食べて飲んだが 改めて温かい飯を用意され 俺は躊躇した 「もちろんです。一緒に食べるために作ったんですから食べてあげてください」 ニコッと子供は向くに笑った 俺またむず痒くなり走り回ってソファに登って遠吠えがしたくなった …しないが 「…」 俺は子供と同じ様にスプーンを掴んで肉球に伝わる冷たさを感じながら器の白いスープをかき混ぜ ゆっくりと一掬いし口の中に入れた 「ッ!!」 「どうしました?熱かった?嫌いなものでも入ってた?」 慌てた様に俺の横に来て背を撫でてくれた その刺激でさらに毛が逆立つ 俺は 俺は… 堪らなくなって子供を掴んだ 「わ、わわっ!?」 慌てたが遅かった もう既に中に浮いていて足がつか無い 当たり前だ俺が捕まえて掲げているんだから 互いに驚き見つめい三秒 抱き抱え外に出るまで二秒 たっぷりと息を吸い込み五秒 驚くほど明るくて丸い満月に 遠吠えが十秒続いた アォーーーーオォーーーーーーン!! 久しくぶりの遠吠えは血が沸騰したかと思うぐらい 気持ちがよかった 俺に抱き抱えられたまま固まって俺と月を見つめている 子供は 呼吸を忘れてしまったかの様に見入っていたことを 俺は最後まで知らなかった ≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫ ……… 互いに大人しく向かい合ってテーブルに座る ……… 気まずい 先程の俺はどうかしていた おかしくなっていたんだきっとそうに違いない ありえない 一人で悶々と言い訳なのか愚痴なのかを投げつけていると 温め直されたスープが置かれた ゴクッと喉が鳴ったのが自分でもわかりそして涎が溢れてくるのがわかった 「……」 「この」 「え、はい」 「この、スープはなんだ」 「クリームシチューですよ」 「くりーむ、しちゅー……」 スプーンで中の具材を探る 人参、じゃがいも、玉ねぎ、鶏も入っていた 摩訶不思議なスープだ スープなんて主食で満たされない腹を膨らますための具材のかけらしか入ってない液体だと思っていた 俺は鶏の入ったスプーンを上げて口に運ぼうとした 「待ってください」 そう言われ反射で止まってしまう なぜだ?なぜ止める。お前は食べていいと言ったじゃないか? 「忘れてませんか?」 「……?」 わからない。何をだ?ただ腹がグゥとなり尻尾が自制が効かず忙しく暴れている 耳がピクピクと動き鼻がスピスピと鳴る 狼としてとてつもなく情けない姿だがそんなことは今気にならなかった 「わからない。何をだ?」 尋ねる 溢れた唾液が重力によって落ちた それを見た子供があらあらと言って横にあった布を持ってテーブル越しに俺の膝を拭いた だが俺は止まった動きのまま子供を凝視した 「…わからない。何を忘れているんだ」 それを聞いて子供はチラッと俺を見て 「いただきます」 と言った それは確か人間が良くすることだ テレビのCMでやっていたから知っている 俺は一度、仕方なくスプーンを置いて(俺は我慢ができる狼だ)真似をした 「…いただきます」 「どうぞ」 すかさずスプーンを持って皿を片手に乗せて口に入れた 「ッ!!」 「す、ストップ!二度目は勘弁してください!」 伸ばしかけた両手を制され仕方なく下げる 口の中に広がる甘味と旨味、鳥や野菜そして、バター?や小麦の香りが食欲を刺激しとても美味かった こんなにうまいのがあるのか 俺はかきこむように食べた うまい うまい うまい 「ふふ」 器から顔を上げて声の方を向く 子供は俺を見て笑っていた 俺は気にしなかった なんだかあったかかった 子供は俺に手を伸ばして持っていた布で口元を拭いた 思わず口元についたスープを舌で舐めとる その時子供の指も舐めてしまったが 子供は気にしてはない様だった ミルクとはやっぱり違った甘さを感じた 「気に入ってもらったならよかった」 「…うまい」 「美味しいですね」 二人で黙々と食べた すぐに空になった器を見ると子供はおかわりをくれるらしく柄にもなく尻尾を振ってしまった 食事をもらえたのだそのぐらいしてやろう 「こうしても美味しいですよ。マナー違反かもしれないけど」 そう言って子供は手元のパンをちぎってパンに浸し それを俺に差し出した 液が垂れる前に俺は口に入れた 僅かに濡れた指もしっかりと舐める あー、もうとか言って抗議をされたが無視をした これは 「ッ!!」 「もういいですからね!」 先に止められた 仕方なく座る 染み込んだスープがジュワッと溢れ 柔いパンが美味しかった 真似をして長めのパンを二つにちぎりスープに浸した 「ふふそれじゃスープに刺してるみたいですね」 笑われたが気にならなかった こういうのは気分がいいというんだと 頭の中で浮かんだ またスープが空になりまたおかわりした 二日分の食料なのにと言っていた分を俺は食べてしまったらしい 少し申し訳なく感じた 後片付けは手伝った 断られたがまた抱き上げて外に運ぼうとしたら観念した様だ 獣人を甘く見てもらっては困る 子供が洗った皿を受け取り、清潔な白いふわふわなタオルで拭く仕事だ 今まで生きた中で一番楽な仕事だった すぐに終わってしまった そのあと淹れて貰ったお茶を飲んでいたが眠気がすごく うつらうつらとしてしまう しかし、美味かった あのスープに思いを馳せる また食いたい パタンッ 扉の閉じる音で俺は目を覚ました 前には風呂に入ってきたのか 石鹸の匂いと温められたことによって強く感じられる子供の甘い香りがしてつい鼻をひくつかせた 「…結構落ち着いてきましたね」 「…何がだ?」 タオルを首にかけて冷たい紅茶をごくごくと飲んでいた 溜飲するたび動く喉仏をなんとなく見つめる 「色々です。あんなにたくさん食べれたなら体もすぐ良くなりますね」 「…多分な」 事実なので否定はできなかった 俺は確かに人間に世話をされていた しかも奴隷にする様な雑で人権なんてない様な扱いではなく優しく下に見ない接し方だった それだけに俺は恐ろしく感じられた 善意など一番最初に信じられなくなった事だからだ 「……お前は、一人で住んでいるのか?」 「ふふ」 「何がおかしい」 「いえ、やっと食べ物以外に興味持ってくれたなっと思って」 「……」 確かにそうだが、認めるのには抵抗があった 「一人で住んでます。父親は海外にいて母親は亡くなりました」 淡々と言い放つ それはまるで紙に書いてある分を読み上げただけの様だった 「そうか、その」 「気にしないでください。なんとも思ってないので」 「…」 先手を打たれてしまった 「もう休んでもらってもいいですよ」 「……お前はどうする」 なんでお前はこんなことをする 何が目的だ 何を望んである 何を企んでいる 聞きたいことはたくさんあったが どれも音にはならなかった 「えーと、洗濯物を閉まって屋上の花壇に水やりをして少し部屋に篭るつもりです」 家事はやはり一人でやっているのか こんな家に住んでいて他の人間の匂いがしなかった つまりここでこいつは一人で住んでいる こんな子供が一人で… 「俺も、何かやる」 「でも」 「いい、やる」 立って子供が持っていた籠を奪って部屋を出た 追いかける様に子供はついてきた 洗濯物はすぐに終わり 俺が寝ていた部屋の隣にある階段を登り扉を開けて 子供は外に出た 冷たい空気と自然の匂いがした それが鼻腔をくすぐり肺に染みる 知っているのに知らない感じがした 子供の匂いがきてる様でなんだかざわついた 金属の如雨露に魔法石がついた腕輪から水色の光と共に 水が流れる音がして溜まっていった それを子供は屋上の小さな花壇に水をやった 確かに緑色の植物は見えるが 咲いている花はなかった 「……まだ咲かないんです」 後ろ姿を見つめる 「…いつ咲くんだ」 「多分、寒い冬が去って雪が溶けた頃にですかね」 最後は笑っていった あやふやだった 不思議だった 植えたのはお前じゃないのか 「わー、今日はすごく星が見えますね」 俺は上を向いた 確かに星は輝いていた 見たことがあるのに初めて見た様な気持ちになる 不思議だった 子供は屋上の手すりに体を凭れさせた 冷たい風が吹く 俺はつい動き 俺に無理やり着せた上着を子供に着せた 買い物ついでに買ってきたらしい それでも小さくて 下の紺色のズボンは膝が出そうだった 「ありがとうございます。寒くないんですか」 「平気だ…。自前のがある」 「ふはっ、確かに。暖かそうですね」 触りたそうな顔をしていたので 仕方なく肩を掴んで抱き寄せた 一瞬驚いた様だったがされるがままだった 「あったかい」 「ああ……」 なにが、とは言わなくてよかった 「…名前」 唐突に子供は言った 空を見上げたままだった 「折角なら呼んでくださいよ」 「….なぜだ」 「なんとなくです」 「…」 「ダメですか?」 「…」 「…」 「…セシル」 「……はい!」 「セシル」 「はい」 子供は飯を食べている時名乗っていた セシルと言うらしい あの時俺の名も聞かれた だが 「……ない」 「ないんですか?」 「ああ、必要なかったから」 そのまんまだ 奴隷になる前の名前は忘れてしまった 父と母が笑って呼んでくれ名前 親の顔すら忘れ 叫び声と笑う奴らの声だけがこびりついている 「…そうでしたか、すみません」 「謝る必要、ない」 「…」 「番号ならある」 「番号?」 「No.13 そう呼ばれていた」 名前など無駄だ べつにいらない 必要ないんだ No.13 それが俺の呼び名だった 「決めましたよ」 思考から戻って俺は下を向いた 必然とセシルと見つめあう 奴の目は星を写していて輝いていた 吸い込まれそうな夜空だった 「何を、決めたんだ?」 ニッと笑って俺の頬を一撫でし 離れて向き直る 「テオ」 「……テオ?」 「それがあなたの名前です」 「俺の、名前」 「ええ、よろしく。テオ」 俺は理解する前に 差し出された冷たくなってる柔らかい手を 握っていた
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

25人が本棚に入れています
本棚に追加