一章

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スゥーー………… 空気を吸い込む ふわふわしたものに触れそこから香る落ち着く甘い匂いを深く吸う スゥーー………… ふふっ 近くで声がした 耳を動きして探る それはどうやら俺の間近らしい 「……」 胸元に埋まっていた顔を上げたセシルと目があった 「くすぐったいです」 「そうか……」 俺は抱きしめてしまっていた腕を離して解放した 解放されたセシルはふわぁーとあくびをして手櫛で髪を整えベッドから降りた そして、すこし照れた様に笑って 「おはよう、テオ」 俺はなんと言葉を 返したのだろう ≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫ 今日は天気は曇り空だった 空気が湿り気を帯びて どことなく土と草の匂いが風に乗ってやってくる 窓から灰色の空を見て思った 「もうこんなに治るなんて…すごいんですねぇ」 まじまじと薄らと残る傷跡を恐る恐るなぞりながらセシルは言う くすぐったいので無言できつめのシャツを羽織る なぞる作業を中断させたのにセシルは気にした風もなくさっさと治療の道具を片付けた あれから一週間が経っていた 特に大きな出来事もなく追手がくることもなく 朝を起きて包帯を変えブラッシングされ飯を食い片付けしセシルは朝の仕事があると作業部屋に篭りその間俺は部屋の掃除をする キッキンを好きに使っていいと言われたが使い方がわからなかったので特に触れていない やることがさっさと終わると目の前でやると叱られる簡単な運動(体の関節を動かし格闘の型を幾つかやる。それとダンベル代わりに水の入った壺を持ち上げたら見つかり叱られた)をしてその後また好きに呼んでいいと言われたセシルの作業部屋の隣の書斎で本を読んでいる まだ読めない字があるが貸してもらった自動翻訳機?の文字音声同時読み取り機能?というのでなんとかそれで読むことができた それでも難しい本が多くわからないから 隅っこにあった薄い絵本を読んでいた 絵が多くて分かりやすい タイトルは『音無の国の王子様』だ 児童向けなのだろう可愛らしいと思われる絵と簡単な言葉で綴られた本だった ある遠い 豊かで人々が笑顔で暮らす国がありました という文章から始まる 幸福で満ちていた国は豊かで他国は争いや貧困、病で苦しむ中とても平和だったそうだ それは神様から授けられた星のピアノのおかげだという 一年に一度、選ばれし者が神様に祈り演奏し それを神様が認めると その国には災いと不幸を退け幸福へと導く そしてある年選ばれたのが 小さなこの国の王子様だった 王子様は音楽が大好きでした だから自分が選ばれたと知りさらに猛練習し 努力しました 周囲の人々はさすが王子様ださすが選ばれし者だと褒め称えました 王子様は嬉しくなりさらに頑張ります ある日夜中に一人黙々とピアノを弾いていると 月光差し込む窓が翳りました 何だろうと見るとそこには人ではない獣がいました 獣は言いました 「どうかもう一度その曲を聞かせてほしい」 そう言いました 初めて見る獣に驚きましたがその言葉に嬉しくなり 今までで一番上手に弾きました 星が踊る様な夜になりました 楽しくて温かく不思議な夜でした だがそこで夢は終わりを告げた 朝起きると大騒ぎになっていました 一緒にいつのまにか眠ってしまった獣が捕まってしまったのです 彼は何もしていない 友人だと言っても信じてもらえませんでした そして次の日 獣は首を切られ 頭は野晒しに置かれてしまいました 王子様はそれから獣の体を泣きながら土の中に埋葬しそれから毎日泣きました 次第に泣くこともできなくなった日 ついに神様に祈りを捧げ演奏する日になりました 白いピアノがきらきらと光っています それがとっても 王子様は怖くなりました 鍵盤に指を置き たくさんの人々が見守っている だけど王子様は一音も奏でることができませんでした 人々は驚き次第に起こり始め物を投げつけてきます 王子様はそれが当たっても 何もできませんでした そしてら神様が問いかけました なぜあなたは弾かないの? 王子様は答えました 幸福がわかりません。祈る意味がわからなくなりました 大切な友達を失った王子様は心がわからなくなりました 神様は悲しそうな顔をして消えてしまいました それからこの国では一度も音楽が奏でられることがなくなりました 王子様は白い星で 大切な友達を想ってピアノを弾きました …… これがバッドエンドというやつなのか? 子供向けにしてはずいぶん暗く救いがない話だ 内容は暗く寂しいのに絵はとても綺麗で 獣が踊り王子様が演奏する絵は本当に綺麗だと思った 俺はその絵を指でなぞる様に触れる … 隣の部屋から途切れ途切れに聞こえるピアノの音が聴こえる 滑らかに流れる音は繊細で何知らない俺ですら 聞き入ってしまうぐらいなのに 途中から不安定になって 止まる いつも最後まで演奏しない いつものことだった 灰色の空に青い鳥が飛んでいた そしてピアノの音が止むと鳥の姿はなかった 今日は雨が降りそうだ 鼻から息を吸って髭を動かして 俺はそう思った そのあと俺は庭で逆立ち伏せをしているところを見られ叱られた 意外と口うるさいやつだ 正直眠たくなってくる 声がいいからかもしれない だが俺が眠たそうにすると耳を引っ張られるから油断できない 恐ろしいやつだった 「……買い、もの」 「そうです買い物です」 庭の雑草を毟ろうと思っていると 後ろから言われた 買い物、そうか買い物 「…わかった」 「はい。では行きましょう」 行く?どこにだ 「…」 「眠たいんですか?」 「別に眠くない」 「そう。ならthinking Timeですか」 「し、しぅぃんきんぐ、たいむ…」 「無視じゃないならOKです」 「…無視はしていない」 「はい分かりした」 そう言ってリビングから姿を消した 三分後に戻ってきたらロングTシャツにシンプルで良さそうな生地の服装だった 外着だろうか 少し匂いが違う 「……ずっとそこに立ってたんですか」 「まぁ……」 「不思議な人ですねぇ」 ヘラヘラと笑って鞄を掛け直した 不思議とバカにはされていないとこはわかった 「…お前は、なぜ敬語なんだ?」 「僕ですか?まぁテオくんは年下ですけど慣れないからですかね。変でしたか?」 「変だ」 「そんな時だけ即答なんですね…くん付けも嫌だったり?」 「………好きにしろ。どっちでもいい」 「そうですか」 「……」 「なんですか黙って睨んでいても分かりませんよ僕」 「………別に睨んでいるつもりはない。なぜ、そんなふうに扱う?」 獣人は獣畜生だと散々罵られてきた 子供にすら笑われたこともある 汚いと お前らがやらせてるくせにだ だから、こんな普通の人間の様にされると 俺は違和感しかない この一週間警戒して観察していたが こいつは特に何もなく 普通に過ごしていた 何度か脱走しようと思ったがこいつは耳がいいのか直ぐに心配そうにしてやってくる 今出ていっても野良の獣人は警備局に捕まるだけだから 暫く居てもいいなら黙って過ごすことにした 飯もうまいしこいつは不思議で そばにいても疲れなかった 多分こいつ自身、気を張っていないそのままの姿だからかもしれない 俺はそう判断した どう考えても俺の方が強いし いざとなったらいつでも逃げれる だから甘んじて過ごした 「なぜ?と訊かれましても…。嫌ですか?」 「いや、ではない…」 「じゃあ申し訳ないとか?」 「お前が勝手に俺を拾ったのが悪い。獣人を拾うことがどんなことくらいかは、子供でもわかることだ」 そう、ろくな目に合わないのだ 基本的に獣人は人間を嫌っている そして人間は見下しているからだ 「その通りです。自業自得です」 笑っていった その顔に俺は少し苛立つ 「ふざけているのか、今すぐにでもお前を脅すことも殺すこともできる。お前はそれに抗えない」 俺は意図して牙を剥いていった 同じ獣人でも気圧されることができる威嚇だ だがこいつは目を丸くするだけだった 「立派な歯ですね。歯磨きするのが大変そう」 「ッ!」 俺はセシルの首を掴む 少し爪が掠って薄く傷ができ 血が流れた 俺は自分でしたことに自分で嫌な気持ちになった だが止まれなかった 「お前は、馬鹿にしているのか…」 「うっ、…していませんよ」 「ならなぜ」 「質問ばかりですね。ならあなたはどうなんです?」 「どう、とは?」 「あなたは、テオはどうして辛そうな顔をして怒っているんですか?僕が悪いならちゃんと考えて話を聞いて、理解して謝ります」 真っ直ぐ俺の目を見ていった こいつは、なんなんだ、ほんとうに つい力を緩めた 解放されたセシルは少し苦しそうに咳き込み 俺は反射で背を撫でた 「表面上なことは、理解しているつもりです。大怪我をして身元もわからない首輪付きの獣人を拾ったんです。理解して拾っていないなら阿呆ですね。残念ながら僕は大人!なので理解しているつもりです」 淡々と告げる 大人のところは強調されたが そして背を撫でていた腕を掴みそして手を握られた 温かい体温を感じる 「僕の独りよがりな、独善的だと言われても仕方のない行為です。…実際、その通りかもしれません」 初めて暗い顔をした こんな顔もできるのかとまじまじと見る 「でも、それでも僕は自分がした行為に後悔はありません」 真っ直ぐ、瞳を輝かせていった 「……どうなっても、責任は負えないぞ」 「分かってます」 本当だろうか? きっとこれは愚問だな 俺はため息をつきもうすぐ一筋の線を描いてしまった血の跡をシャツに着く前に舐めとった セシルはとても驚き目を丸くした なんだか腹がスカッとした気分だ 悪くない ポコっと腹を叩かれたがなぜか悔しそうな顔をしている 切った首の傷は血がとっくに止まっていることに 何故か安心する 「さぁて買い物行かなきゃ。雨降ってきちゃうよ」 先程の雰囲気を払拭する様にセシルは言った すこしわざとらしかったが俺は何も言わない 昨日も寝る場所で一悶着あり 俺が床で寝ていいと言ってもベッドを譲るので仕方なく共に寝た 小さいから特に邪魔とは感じない 温かくこの時期には悪くない 香りも悪くない セシルはあーだこーだ言ってたが最後は大人しくなり 黙って寝た 「何してるんです?早くしてくださいよ」 「……何をだ?」 「はぁ。まったく。ほんとに寝ぼけてるんですかねーこの狼さんは」 呆れられてしまったようだ 確かにこの家に来てから俺は考えてばかりだ やることがないせいで無駄に考えてしまう きっとそのせいだ 「だからぁ、か・い・も・の!ですってば!」 頬を膨らませてセシルは言う 俺はその頬を突いてみたいだなんて全く違うことが頭に過ぎった ≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫ 適当に見繕ってもらった青いTシャツに白のズボンを履き俺はこの屋敷にきて初めての外出となった 「もうすぐ着くそうです」 腕についた電子画面に時計を見ている こいつはシンプルだが質もいいものを身につけている やはり金持ちの子供……資産家なのかもしれない 「その、やっぱり子供か、みたいな目で見るのやめてほしいです」 セシルは俺のマズルを下から掴んで俺の口を開閉させて遊ぶ カプカプと情けない音が出るのでやめさせる 迎えがくるらしい 車なら俺が運転できると言ったが 今車は置いてないので次からお願いしますと言われ 次があるのかと内心思った そんなことをしていたら玄関の前に大きめの車が止まった 黒い高級車だった 「お待たせしたセシル坊ちゃん」 車から降りて恭しく頭を下げた老人が言った 燕尾服を着て白髪を後ろに撫でつけた執事の様な男だった 微かにこの家に送られてきた郵便物や食品から匂うことがあった 「わざわざありがとう爺や。こちらがテオくん、大きいでしょ」 「おやおや大きくご立派なお方ですね。お話に聞いておりましたが爺や驚きました。お初にお目にかかります。カンタレラ家の執事長ジードと申します」 「……わかった」 なんて返事をしていいのかわからず困った こんなに恭しくされたの初めてで、孫を見る様な目で見られるのはむず痒い セシルもジードと名乗った老人も微笑ましく笑い俺を見ていて居心地が悪い 「ささ、夕方過ぎに雨が降るかもしれませんのでお早くどうぞ」 促されて俺たちは車に乗った 家の椅子同様、ふかっとした座席に驚くほど静かな車内だった 音楽が流れているがとても小さく流れていた 窓からは流れる様に街の景色が映る ここは都心からは少し離れていた様だった 以前は車移動など四駆の軍用車両に箱詰めだったのに 扱いの差に慣れなさを感じる 腕を組んで座っているといつのまにか尻尾をいじられていたので 叩く様に外すと口先を伸ばして抗議されたが無視をした 相変わらず灰色の空だったが次第に大きな建物が視界を遮り始めた 「………だからかな」 「ん?……」 ほんとに小さな呟きだった 「先程の質問です。何故助けたか、でしたね」 俺の方は向かず 窓の外を見ていった 「…ああ」 「あの夜、演奏会帰りでした。その日お客さんの反応も悪くなくて比較的、うまくいった日でした」 それは関係がある話なのか、と思ったが黙る 「何となく歩いて帰りたくなって水溜りがある道を避けながらなんとなく、なんとなく路地に入ったりなんかしちゃって転がったゴミ箱から猫が出てきたり、酔っ払いがその日をやり過ごすための寝場所を探していたり、踏み潰されたポルノ雑誌とか犬がそれを咥えてしまってそれを追いかけてくホームレスとかいたり、仕事帰りなのかよさそうな服を着た男性が捨てたサラミ入りのサンドイッチを拾って食べていたお爺さんがいたり、そんな景色を見て、僕は帰路についていました」 正直迷っていたんですけどね、道に とセシルは補足説明した 迷って、いたのか 「そんな当てもなく、目的もなくた目に景色を写して排気臭い空気を吸いながら暗い夜道を歩いていたら、見つけたんです」 セシルはそこで俺の方を向いた エメラルドの瞳が俺をうつす 「…俺を、か」 「はい、君をです」 そう言って続けた 「最初は酔っ払いが喧嘩でもしてでっかいゴミ箱に突っ込んじゃったのかと思いました。大きかったですし粗大ゴミかなってなんて思ったりもして」 ……… 「酔っ払いの喧嘩でもなくて粗大ゴミでもなくて、血だらけの狼さんでした」 可笑しそうに笑う 「大丈夫かと聞いてもダンマリですし、叩いても殴っても動かないし」 おい 「仕方ないので近場に置いてあった荷車を拝借して真夜中の狼さんを運びました。大変だったなぁー大きいし変な匂いするし大きいし」 ちょっとむかついたので尻尾で叩いて抗議する 「なんとか運び込んで、ふふ、何だかそれがとってもおかしくて、楽しかったんです」 こいつ、もしやアブナイ奴なのか 「ドラマ的、とまではいきませんが、チャンス!だと思ったんですよ。だから頑張りましたよ僕」 「…ドラマ的じゃなくて悪かったな」 「いえいえ、謝らないでください。僕にとって最高の出会いですから」 恥ずかしげもなく言い放ち 俺は顔を背ける 「それから半壊しているダサい首輪外して、脱がして、ついでにモフって、綺麗にして治療して、終わったら寝ちゃいました」 実は筋肉痛だったんですよ なんて言われた やっぱり、こいつは変だ 「それで」 俺は我慢ができなくなり 尋ねる 「何故、俺を拾った」 独善的だろうがドラマ的出会いの下位互換だろうが お前の本音が聞きたくなった セシルは窓枠に肘を乗せて顎を支えたまま俺を向いて 妖艶に微笑む 「一目惚れ、ですね」 俺は人生初の唖然とした顔をした 出しっぱなしの舌を掴まれたので反射で 力加減をちゃんとして 額を叩いてやった
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