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連れてこられた場所はでかいビル…を過ぎた
都会にしては閑散とした通りを抜けた先にある
地下ビルに着いた
高級な店舗が軒を連ねる通りを過ぎてこんな場所に目当てのものがあるのか
どこか薄暗くアンダーグラウンドまではいかなくても
セシルには縁がなさそうな場所に思う
老執事は車で待機するといった
地下駐車場を抜け通路を抜けると
青い扉があった
小さな看板にはTHE BLUEと書かれている
不思議にな匂いがする
これは…
扉を開くとチリンと鐘の音がなった
この時代に随分レトロな方法で来訪者を感知するものだと思う
中は広い白い部屋で
用途のわからないインテリアとコポコポと何も入っていない青いライトに照らされた水槽がある
ここにきてから思ったが
匂いがとても薄い
意図的に消臭しているようだ
ひどい匂いよりはマシだが
不安感を感じるほど潔癖さを感じた
「すみませーん」
セシルのおっとりとした声が響く
だがすぐに消える
…防音?
音が壁に吸収されたような感じだった
射撃訓練した時の屋内射撃場のような作りなのかもしれない
なんなんだここは
「はーい…あっ、お待ちしてましたよセシルさん!」
洒落たレジカウンター奥の扉から
雌の猫獣人が現れた
毛量の多い尻尾をふりふりと振って近づく
そして猫撫で声でセシルを呼び手を握った
「お久しぶりですね。先生…社長さんは?」
「今は外国でマーケティングとやらでお出かけしてますよ。何か御用でしたらお伝えしますけど」
「いや、大丈夫だよ」
「あれれ?そちらの方は?」
とっくに気づいていたくせにわざとらしくセシルの肩越しに俺を見る
いつまでくっついているんだこの猫は
これだから媚びることに長けている種は苦手だ
会話をしているようで値踏みし
籠絡しようとする
タチの悪い奴が多い
いつも泥沼騒ぎの時は猫が必ずいる
何人が破滅したことか…
「こちらテオ。僕と今暮らしているだけ」
「ニャハ!同棲ですか!やりますねぇセシルさん!こんなイケケモ捕まえるなんて小悪魔ちゃんです」
「そ、そんなんじゃないよ!訳あっていて貰っているんだ。頼んでたのあるかな?」
「もちろんでございます!ささ奥へどうぞ。今お茶をお出ししますね」
離れてクルリと周り奥へ消えた
セシルはふぅと息を吐き俺を見て
少しバツが悪そうにしたあと座ろうかと催促する
セシルが獣人に慣れているのはこいつのせいなのかと思った
親しげにされセシルも満更そうだった
「……?」
セシルの手を掴み持たされたハンカチで拭う
「な、なに?汚れてた?」
「……ああ」
動揺しながらもそう言われて納得まではいかない様子で
それでも俺の自由にさせた
「わっ」
セシルの手を少し持ち上げて嗅ぐ
……
あの猫の香水のような強くはないが自己主張がしっかりと役目を果たしている匂いが不愉快で
仕方なく俺の腹の毛で匂いを消す
「な、なにを!?」
「臭い消しだ」
「そ、そんなにする必要あるの」
「ある。臭い」
「獣人は大変だね」
わかっているのわかっていないのかよくわからない納得のされ方をされたが
俺は気にしなかった
この気に食わない匂いが消えればそれでよかった
「はーい、どうぞー…ってまぁ」
テーブルの前で座っていた俺たちの前に茶が置かれた
その際臭い消しに気づいたのか
呆れた様子のあと意味深ににやけている
「嫉妬深いワンちゃんですねー」
「俺は狼だ。判別もできないほど嗅覚と目が良くないみたいだな」
「はぁ?僕はそこらへんの獣人と違って血統書付きなんですー。だからその辺の犬っころと一緒にしないでよねー。見下さないでもらえますー」
「…うるさい奴だ。血統書なぞ役に立たない。見下しているつもりはないが下を見るしかないのでな」
「ムキー!小さいって言いたいのかこのデカブツ!そんなだとセシルさんに振られちゃうからな!狼種はそもそも一途とか持て囃されるけど、所詮重いだけの病んでるやつばっかだもんね!セシルさんこいつが嫌になったら言ってね私が可愛がってあげるからさ」
「意味がわからない。妄想癖でもあるのか?」
「むきゃーー?!」
変な奇声をあげて俺をポコポコと叩くが全く痛くない
マッサージにならん
「落ち着いてよミゼットさん」
「落ち着けないですよ!いたいけなセシルさんをこんな無神経のそうな顔だけの唐変木が相手なんて!認めませんよ社長に言いつけてやる!あとミーちゃんって呼んでね!」
「み、ミーちゃん。テオはいい人だよ。確かにいつも真顔で腕組んでいたと思ったら突然動いて筋トレ始めるような人だけど、僕が困っているとサッとやってきて助けてくれるんだ」
「はぁーーベタ惚れですかニャーー」
「ち、違うってばお付き合いしてないから」
「付き合ってない?そんなにマーキングされてるのに!?」
「ま、マーキング?よくわからないよ」
「はぁーーこの犬殺す」
「む。危害を加えるつもりなら排除する」
猫は鋭い爪を出して気を逆立てている
俺はそれを黙ってみる
「やめてってばもう!喧嘩はダメだよ」
「喧嘩じゃないにゃ!男と男のプライドをかけた戦いにゃ!」
「お前、男だったのか」
「…コロス」
シャーっと言って飛び掛かってきた
素早い動きで爪を俺の顔めがけて振り落とす
その腕を掴み防ぐ
すると器用に体勢を変え
両足で俺の腹を蹴る
だがその前に掴んだ腕ごと奴を投げ飛ばす
空中でクルクルと回転しながら奴は着地した
やはり猫種は身軽だな
無力化させる事は楽だが
今の主人であるセシルの知り合いだと言うし
どうすればいいのか…
そう俺はセシルを主人だと決めた
昼間セシルが言った責任を取ると
なら俺は他に行くとこも目的もない
ならせめてこの弱くて小さいお人好しを
助けたって悪くはないと俺は判断した
これは俺の意志で決めた初めての事だった
「もういい加減にしてよ!」
青い魔法の光が見えた
それはセシルの魔術発動待機による副作用だった
「導よ奏でよう 調律 音魔法 静かな夜を」
指先を振り指揮棒のように動かす
すると音楽が流れ始め
それを聞いた俺たちは強制的だが不快感なく
精神がおついてくるのがわかった
「…すまないにゃ」
「騒いで悪かった」
仕方なく謝る
一方的に絡まれただけな気もするが
「ふう。久しぶりに使ったよもう」
「お見事ですにゃ。社長も褒めてもらえますよー」
「それはどうだろ。厳しいからねあの人は」
苦笑いでセシルは応えた
「おいデカオオカミ」
それは、俺のことなのか
「…なんだ」
「セシルさんに酷いことしたら俺がぶっ殺すからな…わかっなあぁん!?」
わざわざ目の前に来てぎりぎり俺だけに聞こえるように
メンチを切って俺に詰め寄った
これがこいつの本性なのかもしれない
こちらの方がどちらかと言うと俺的にはわかりやすかった
「するわけがない」
「チッ。忘れんなよ」
悪態をついて振り返る頃には完璧に来た時の愛想ある猫になっていた
「こちらが身分証、通帳、通信機器、パスポート、システムウォッチなどなどです。こちらでよろしいですか?」
「はい。全部ありますね。ありがとうございます」
「いえいえ、お得意様ですし社長のお客さまですから。私もセシルさんとお会いできてすごく嬉しいですニャ」
「そんなぁあはは」
接客モードなのかかしこったミゼットに曖昧に会話をする
やはり慣れているわけではないようだ
「…何喜んでるんだよお前」
「喜んでない」
「はっ、体は正直ねー」
変なことを言ってミゼットは茶を下げていった
勝手なことばかり…
面倒な奴だ
その分大人しく品のあるセシルがどれだけ良いか見に染みる思いだ
店内に置かれたマネキンを見てそんなことを思う
…なぜ手が四本あるんだ
新種か?
「それが気になるの?」
「む…」
ぼーとしていようでいつのまにかセシルが隣にいた
その顔は穏やかそうで微笑みを浮かべていた
外出に浮かれているのかもしれない
やはり子供なのだな
なんとなく見ていたものを俺が気になっていると勘違いしたらしい
改めて前にあるものを見ると
それはシルバーアクセサリーというものらしかった
三日月と狼のシルエットのネックレスでシンプルな奴だ
瞳には深い青の宝石が埋め込まれていた
「別になんとなく見ていただけだ」
「へぇ…これかっこいいね」
手にとってまじまじと見つめている
シンプルなアクセサリーは多分
セシルによく似合っていると思った
「…ほぅ」
「…む?」
いつのまにかセシルは俺の首にネックレスが下がっており
それをセシルは瞳を輝かせて見ていた
「うん。ミーちゃんこれも追加で」
「はいー!毎度ありニャ〜」
ご機嫌な声で返事をした
「おい、別に俺にはこんなもの不釣合いだ」
「そんなことないです!かっこいいよ」
「だが…」
「似合ってるから、良かったら受け取って欲しいな」
「…いいのか」
「うん」
「わかった。ありがとう」
俺は自分の青みがかった黒毛に乗っかっている銀の飾りを手に取って見る
確かに、良い物だった
セシルは俺の分まで笑うように微笑んでいた
そのあと目につくものをあーでもないこーでもないとセシルは唸りながらも俺に見繕って買い物を続けた
俺は別にいらないと言ったが本人がしたいと言い
好きにさせといた
俺は自分につけられていく装飾品や服に彩られながら
四本の腕で変なポーズのマネキンを横目に見ていた
「お会計は電子端末にお願いします」
「はい、少し待っててね」
セシルはカウンターに設置されていた端末で会計をするために向かった
「ではお包みしますのでセシルさんはお待ちを。おいオオカミあんたも来い」
「なぜだ」
「手伝えってこと。ボディーガードなら中身の確認も仕事でしょ」
「俺がセシルから離れる方が危険だ」
奥に続く部屋の扉を開けながら猫は言う
「大丈夫だよ。ここで粗相するやつなんて自殺するようなものだから」
意味はわからなかったが
座って雑誌を捲りながら待っているセシルを確認して
俺は後をついていった
奥は白い廊下が続いた後いくつかの扉を過ぎ
地下へ降る階段があった
そこに猫は進む
俺はついていく
絵画が壁に飾ってあり
風景や顔のない人物、不思議な色合いの絵もあった
じっと見ていると
「おい早くしてよ」
「ああ…」
「あんまり見つめていると、帰れなくなるよ」
「どう言う意味だ」
「さぁね」
猫な尾を振って返事をした
答える気はないらしい
階段を過ぎると黒い扉の部屋があった
そこに猫は手を触れ何かを囁き
腕につけたシステムウォッチをかざしてロックを解除した
魔術との二重ロックが
厳重なんだな
入ると俺は身の毛がよだった
なんだ、これは…
「無視しろ、取り込まれるぞ」
表とは違う、低い声で言われた
「…」
俺は頭を振って意識しないようにした
するとその違和感も無くなってきた
「ふぅん。認められたんだ」
「何を言っている」
「この部屋は悪意ある物、または予測されるものを排除するための機構が備わった部屋だよ」
「魔術か…」
「社長のお手製にゃ。本来はどうしょうもない相手が来た時応援が来るまでの対策としてある部屋だけど、こうやって使えばその人物がどんなやつかわかるんだ」
「それは、俺を疑って試したのか」
「当たり前にゃ。セシルさんに何かあれば悲しむ人がいる。身元も不明なあんたには危険なら消えてもらうのが正しい選択だろ」
振り返って演劇のように語る猫
「もしダメな判断をされたらどうなっていた」
「程度によるし全部は知らないけど、社長によれば幻覚、そのあと昏倒。耐性があるなら残念だけど廃人かな」
「随分な歓迎の仕方だ」
「敵には容赦するな。守りたいものが守れなくなる。それが我が社の社長のありがたぁーいお言葉にゃ」
「ふん。確かにな」
まだ霞む思考を振り払うように頭を振って覚醒させる
「まぁ認めてやるにゃ。精々セシルさんの肉盾にでもなって貰うよ。こっちに来な」
ミゼットは少し歩き指を鳴らすと目の前に暗がりの中から
テーブルが出てきた
よく見るとこの部屋は深い赤の壁で
高級そうな装飾品が並べられている部屋だった
天井から薄暗いシャンデリアが下げられている
「……これは」
テーブルには大きめの黒いアタッシュケースが置かれていた
見た目だけでは金持ちの洒落た高級鞄のようだった
「開けてみな。触れて念じれば開く」
「…」
言われた通りにすると一瞬
何かが触れた気がした後
カチャリと解錠する音がする
開くと中には武器や魔道具、治療キットなど
便利そうなものが詰め込まれていた
しかもどれも最高グレードで
民間の軍事施設でも扱わない代物だった
売るだけで官僚の年収分は超えられるだろう
「いいのか…」
「もともとそう言う決まりだったんだよ」
「決まり?」
「セシルさんが誰か、信頼するものが現れて護れそうならこれを渡せぬって社長の命令でね」
「…お前の社長は何者なんだ」
「いずれ会うだろう。その時わかるさ」
笑って猫は言う
「…」
「まだなんがあるのかい?使い方はその鞄の黒本に書いてあるにゃ」
「そうじゃない」
「なんだよ」
「俺は…金がない」
「……プハッ」
猫は可笑しそうに腹を抱えて笑った
「そ、そんなこと百も承知だよ。ふにゃはは。お前、意外と真面目なんだな」
「なぜそう思う」
「あんたなら、殺してでも奪えるだろ?」
殺されるつもりないけどねとも言った
「する意味がない。セシルと俺の害になるなら、殺す」
「それでいいよ。むしろそれしか求めてない」
あー馬鹿らさーと猫はクルクルと回る
「あーじゃこちらからの餞別、もとい護衛料だと思えばいいようん」
「そうか。恩にきる」
「別にいいにゃ。好意なんて微塵もないし。何かあったらお前、殺されるよ」
絶対にと続けた
「ふん、黙って殺されるつもりもないし。俺が捨てられないうちは、セシルは俺が守る」
「ふーん。精々尻尾振って媚びて捨てられないようにするにゃー」
「ああ。善処する」
「はっ、嫌味な男」
猫はそう言って黒い出口に向かって歩く
「さぁセシルさんお待たせしてるから戻るよ。それは社長からの餞別だって言っておいて」
「わかった」
猫は出ようとする
「まて」
「まだなんかあるのー?」
「これを」
「はぁ?泥棒かニャ?」
「違う、出世払いだ」
はー呆れた
と言って俺がポケットから出したものを受け取った
もちろん盗むつもりなんてない
「おまたせにゃー」
「お帰り。少し長かった?」
「待たせたな」
「このワンちゃん物包むの下手にゃ。仕事が増えちゃったよー」
「…適当なことを」
「ありがとうミーちゃん」
「いいんだよー!またいつでも来てね!遊びにも行きたいよ!」
「いつでも来ていいよ」
「ほんと!?いくいく!」
二人は手を繋いで騒いでいる
「行くぞ」
「あ、うん」
「はー嫉妬かよ」
「お前のように媚びるのには慣れてなくてな」
「て、テメェ」
「こらこら喧嘩しない」
店先まで出て見送ったミゼットを背に俺たちは執事の待つ車に戻った
「ミーちゃんいい人でしょ?」
お前はやはり獣人を人扱いするんだな
外面だけではなく
「…それは知らない。だが悪い奴ではないのはわかった」
「なら良かった」
満足したようで安心したように笑う
「…」
「え?」
「…ん」
「えっと、なんですかこれ?」
「…やる」
「僕に?」
「お前しかいない」
「…は、はい」
なぜか頬を染め頷く
俺はなぜか胸がザワザワとして吠えたくなった
「これ…」
無駄に質のようにキラキラとした布に包まれて
二つ折りの箱を取り出し手に取ったセシル
まるでそれは恋人に送る贈り物のようだった
「わぁ!!」
箱を開けると中にはネックレスが入っていた
銀の輪に重なるように羽がついている
それにも銀の中にエメラルドの石が入っていた
セシルと同じ瞳の色だ
「も、もらっていいんですか?」
「ああ」
「でも、あお金…」
「出世払いにしてもらった」
「出世払い…ふふ」
笑いながらも満面の笑みでかざすセシル
それを見ると俺は胸がまた、何かで溢れそうになる
「……ッ!?」
俺は驚いて見つめる
「なぜ泣いている?気に食わなかったか?」
そう、セシルは涙を流していた
「あっ、ホントだ」
本人も今気づいたようで驚きながら
濡れた頬を拭っている
「ち、違くて。すごい嬉しくて」
「初めて、誰かから貰ったんだ。それがテオからで僕、本当に嬉しくてね」
笑いながら、泣きながら
忙しない奴だ
俺はまだ手の中にあるネックレスを奪い
セシルの首につける
それはやはり、よく似合っている思った
「ありがとう、テオ」
「おう…」
俺は泣いているセシルを見ずに
自分の胸元に抱き寄せた
涙が俺の体毛に吸われるが
こんなことでも役に立てられたなら良かったと
我ながら不思議にそう思えた
車窓からは薄い青の空に霞む白い月が見えた
互いの胸元には銀の首飾りが静かに揺れている
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