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中のヒトは
軽快な動きを見せているカモメのゆるキャラを見つけて、子供たちがわらわらと走り寄っていく。
「”水兵ちゃん”がいる!」
「おかーさん、”水兵ちゃん”!」
うららかな秋晴れの土曜日。
ここは駅前商店街、高架下の広場。
入り口に掲げられているのは、水色に白抜きの字で『中部地区マルシェ』と描かれた旗。
頭上を通る道路で日差しが遮られている広場中央には、所狭しとテーブルが置かれて、腕に覚えのある地域の猛者たちの手芸品が並べられている。
干支人形、ちりめんの吊るし飾り、繊細な和柄ステンシルのTシャツ、などなど。
プロクオリティのグッズが格安とあって、各テーブル前は黒山の人だかりだ。
子供たちのためにも、先着100名様にお菓子パックが無料で配られ、リクエストで作ってもらえるバルーンアートなども用意されている。
だが、しかし。
「水兵ちゃーん!」
「こっち向いてー」
子供たちの人気をかっさらっているのは、当区のゆるキャラ「カモメの水兵ちゃん」の着ぐるみだった。
「水兵ちゃん、ダンスもっかい!」
ワンピースを着た女の子が手を叩けば、丸いおなかの「水兵ちゃん」が華麗なステップを踏みだす。
羽根を模した腕をくるくる回して、最後のポージングまでキレッキレ。
「きゃー!」
リクエストした子が抱き着いたのを皮切りに、前後左右からアタックを受けた「水兵ちゃん」が、たたらを踏んでよろける。
「おっと。優しくしてあげてー」
バランスを崩した水兵ちゃんを慌てて支えたのは、うちの課長だ。
なぜならば!
私たち区役所の人間も、担当している地区社協が開催するお祭りの、取材を兼ねたお手伝いをしているから。
「ほら、有田さん!若手はこっちを手伝って」
オロオロした課長が手招きをしている。
「水兵ちゃんをはなせっ!」
お菓子配りのほうが楽しいけれど、子供たちの正義のキックを浴びている課長は、ちょっとかわいそう。
お菓子担当の主任児童委員さんに断りを入れて、一歩踏み出した、そのとき。
「やだー!」
水兵ちゃんに抱き着いている女の子の、大泣きする声が広場に響いた。
「水兵ちゃん、持って帰るー!」
「ムチャ言わないのっ!」
困り果てているお母さんが、その子の手を引っ張っている。
ごもっとも。
その水兵ちゃんのキグルミは、ワタクシども役所の備品だし。
「あらー」
主任児童委員さんは笑っているが、視線の先は大惨事だ。
「やだっ!帰らないー!」
女の子はとうとう地面に寝っ転がって、泳いでいるかのような動きを見せている。
エア水泳大会があったら、一等賞を上げたいくらい。
「久しぶりに見たわぁ、寝っ転がって泣く子供」
普段から子供の相手をしている人は、余裕があるなあ。
だが、こっちは焦りまくりだ。
「えっと、幻滅してもらえるように、中の人、仏頂面した男だよって言ってきます?」
「あら、担当してるのって無田くん?」
仏頂面で通じるとは。
さすが、無愛想、無表情、無遠慮がキャッチコピーの無田先輩だ。
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