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第一話
殺してやりたいと思った。こうやって唇を重ねているこの瞬間に、舌を噛みちぎってやりたいと思った。あるいは背中にまわしているこの腕を、縄のようにきつく締めてやろうか。それとも愛撫のふりをして、首筋に爪を立ててやろうか。なんて試行錯誤を繰り返すうちに、ふたりの体は離れていく。ああ、またチャンスを逃した。甘い息を吐き出して、火照った肌から熱を逃がす。
「今日は、ここまで」
目の前の男は優しく笑う。大きな手で髪を撫で、愛してるよ、なんて嘘をつく。その低い声も柔らかな微笑も、私に向けられたものではないのに。愚かな心は錯覚する。憎くてたまらないはずのこの男を、愛しいなんて感じてしまう。
「また、ね。織葉」
これはただの、幻想、だ。
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