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生まれた時は、多分ひとりの人間だった。私と織葉は、ふたりでようやくひとりになれた。成長するにつれて、ふたりの道はどんどんずれていった。人見知りで内向的で友達の少ない私と、明るくて活発で友達もたくさんいる織葉は、見事に真逆の人間になっていた。
小さい頃はいつも一緒にいたから、織葉が何を考えているのか手に取るように分かった。やりたいこともほしいものも、全部一緒だったから。
でも今は違う。彼女が何を望んでいるのか、どうしたいのか、予想することすら難しい。私と織葉は別々の個体で、もう二度と交わることはない。
織葉は今、この家にはいない。大学生になると同時に一人暮らしを始めたのだ。そして一ヶ月前に大怪我を負ってからは、入院生活を送っている。だから今この家には、私と群青ふたりだけ。
その時から始まった、この偽りの愛。私とあいつの、歪な関係。
寝返りをうって、目を閉じた。黒く塗り潰された目蓋の裏に、今夜の出来事を描いていく。あの男との会話を、行為を、頭の中に甦らせる。明日、織葉に報告しなくちゃ。「織葉」とあの男の愛を、本物の織葉に知らせなきゃ。
――愛、なんて。
心の中で呟くと、あまりの馬鹿馬鹿しさに笑いがこみ上げてきた。愛なんて、名づけるのもおこがましい。あんな綿菓子みたいな行為を、どうしたら愛と呼べるのだろう。形だけの抱擁も、上辺だけの睦言も、遊びにすらならない、ちゃちなままごとだというのに。あんなもの、本当の愛なんかじゃない。たった一つの関係を保つための、弱くて脆い接着剤。私とあの子の、絆の証。だから絶対に、愛なんかじゃない。愛なんてない。あって、たまるか。
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