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群青はいつだってそうだ。自分だけが悲しいみたいな顔をして、私の言葉を奪ってしまう。これ以上踏み込ませないように、防波線を張るのだ。流暢な敬語で距離を取って、私が心に触れるのを拒む。そうやって私を諭している。自分は家族でも恋人でもない、異質な存在なのだと。
私は群青の横をすり抜けて、無理やりベッドに潜り込んだ。
「乙葉」
群青が、あきれたように名前を呼んだ。
「今夜はここで寝る」
「だったら私はリビングで寝ます」
「だめ。ここにいて」
怒鳴ったつもりだったけど、布団に潜ったままの声は、もごもごとこもって全く迫力がなかった。微かに、群青のため息が聞こえてきた。恐る恐る布団から顔を出すと、群青は諦めたように扉を閉め、私に背を向けて椅子に座った。机の上にあるスタンドライトを灯し、部屋の明かりを消す。途端に視界が狭まって、私には、群青しか見えなくなった。
ひっそりとした部屋に、キーボードを打つ音だけが鳴る。淡い光で浮かび上がる広い背中に、そっと見とれた。
昔はもっと近くにいられた。その背に無邪気に抱きついて、大好きと素直に言うことができた。あの時私はまだ7歳で、群青は、高校生だった。私は恋という言葉すら知らない子供だった。あれから12年の時が流れて、恋の意味も理解したはずなのに、言葉に意味を与えた途端、伝えるのが難しくなった。伝えても伝えても、群青はわざと気づかないふりをする。群青は私を残して、先に大人になってしまった。そうやって、私から逃げたのだ。
「昔はよく、3人でこうして寝てたよね」
群青の香りに包まれていたら、自然と目蓋が重たくなった。
「私と、織葉と、群青」
群青は何も言わない。全ての動きをとめて、恐れるように、私の言葉を待っていた。
「まだ、迎えにきてくれないの?」
「……迎えになんて、いきませんよ」
感情を押し殺したような声だった。群青は昔から大人びていて、いつも冷静で穏やかだったけれど、嘘をつくことだけは苦手だった。優しさを、嘘でごまかせない人だった。
「私のこと、好きなくせに」
「言ったでしょう」
ゆっくりと、群青が振り向いた。全てを諦めたような、疲れた笑みを浮かべて、吐息混じりに囁いた。
「大人はね、ずるいんです」
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