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智と美典 事の真相
家に帰ると蓮二さんじゃなくて美典が俺を出迎え驚かされた。今日も新人教育と思いがけない残業でバタバタしていて、夕方美典が職場に来たことを俺はすっかり忘れていた。
「なに? アタシが来ること忘れて飲んでたの? 信じらんない。夕方の話じゃんか」
「ああ、すっかり……」
今日美典がここに来たのは、コンサートだかイベントやらに向かうのに始発電車に乗るためだった。昔から自分勝手なところがある美典は、俺と蓮二さんのこの家が駅に近いという理由でわざわざ実家から遥々来たのだった。でも突然職場に来られても困るって話で、とりあえず家の鍵を渡した俺は美典のことをすっかり忘れてちょっとばかり飲みに行ってしまった。いや、行くところが無いってうるさいからさ、じゃあもうすぐ俺も上るから先に帰ってろって言ったわけなんだけど、ほんと忙しくバタバタしちまってすっかり忘れちゃったってわけだ。ほんと信じらんねえな、俺。
「てかいつも急なんだよ。で蓮二さんは?」
「蓮二さん? ああ、帰ってきたけど……あれ? いないね。出かけた?」
蓮二さんは人見知りのところがあるから、きっと自室に篭ってるんだろうと思い、俺はドアをノックする。それでも反応がなく、覗いてみてもそこに蓮二さんの姿はない。鞄は玄関に置いたままだけど、家中探してもいないってことは美典の言う通りどこかに出かけたのだろうか。
「それにしてもよ……なんなの? その格好、ちょっと人の家で寛ぎすぎじゃない? 太々しいにも程がある」
兄である俺でさえ、ちょっと目のやり場に困るような露出の多いルームウェア。いや、めっちゃ似合ってて可愛いっちゃ可愛いんだけどさ。そう思いながら俺はハッとし美典の顔を見る。そうだよ、こいつ、きっと蓮二さんに何か失礼なことでも言ったんじゃねえのか? だから蓮二さん、怒って出ていっちまったんじゃ? そもそもあの人が仕事から帰ってまた何処かへ出かけるなんてあり得ないんだ。
「なあお前、蓮二さんに何か言ったか?」
「え? 別にぃ……帰ってきたから「おかえり」って言っただけだし、ろくに会話なんかしてねえし。それにあの人「あぁ……」しか言ってなくね? ウケんね。ぽかんとしちゃってさ、イケメン台無し! って感じだったよ」
ほんといつみてもこいつムカつくな。顔は可愛いんだけどな。女としてどうなんだ? 気を使えないにも程がある。悪気がないからたち悪い。
ああ、その時の様子が目に浮かぶ。こんな格好で蓮二さんを出迎えて、絶対こいつの図々しさに辟易して出ていったに違いない。俺の動揺に構わず、美典は明日は早起きだからと言って早々に俺のベッドに潜り込む。いや、ほんとマジであり得ないんだけど!
「おい! なにちゃっかり人のベッドで寝ようとしてんだよ! お前はリビングのソファだよ……っておい、聞いてる?」
「聞いてない。いいじゃん一日くらい。疲れちゃったしもう眠いんだよ。智、うるさいし。明日寝坊したらどう責任とってくれるん?」
「……もう勝手にしろ」
こいつのこういう時の面倒臭さは折り紙付きだ。男兄弟の中で紅一点。ちやほやされ甘やかされて育ってんだ、しょうがないか。っていう俺も十分甘いんだけどな。
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