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ブルブルと震え続ける携帯をじっと見つめる。画面には「智」の名前が表示され、早く出ろと言わんばかりにいつまでも着信を知らせている。俺がいないことに気づいて心配しているのか、それとも怒っているのか、何を言われるのかなんとなく怖くて俺は電話に出ることができなかった。
結局その後も二度ほど着信があったけど俺はそれを無視し、電源を切ってひと眠りした。怖くて智からの電話に出ることができなかったけど、それでも俺と連絡を取ろうとしてくれたことが嬉しかった。
早朝に目が覚め、今日も仕事があるのに鞄が家に置きっぱなしなことを思い出し、どうしたものかと考える。もう少しすれば智も仕事に向かうだろう。智の留守を見計らって俺は一旦家に帰ることにした──
「なんでいるんだよ……」
「なんでもくそもねえよ。蓮二さんどこ行ってたの?」
玄関を入った途端、真顔の智に迎えられた。明らかに怒っている様子だけど、ちょっと待て……怒るのは智じゃなくて俺の方だ。そう思ったら怒りで思わずカッとなってしまった。
「どこだっていいだろ! どけよ」
さっきまで智のことを思ってグズグズ泣いていた自分が嘘みたいに刺々しい言葉が口をつく。昨夜の状態のまま玄関に転がっていた鞄を拾いあげ、自室に向かおうと智の肩にわざとぶつかるようにして横を通り過ぎた。
「ちょっと待てよ!」
思いの外強い力で智が俺の腕を掴み引き寄せる。バランスを失った足はもつれてそのまま俺は智に抱きしめられてしまった。
「……凄え心配したじゃんか。何やってんの? 蓮二さん、なんで電話出なかったの?」
さっきとは打って変わり優しい声色。途端に恥ずかしさに顔が火照る。
なんで電話に? そんなの出られるわけないじゃないか。見知らぬ女を俺たちの家に連れ込み、なんの説明もないのに。俺の気持ちは? 俺がどんな気持ちで家を出たのか、智にはわからないのか……
怒りと悲しさのようなものが込み上げてくる。心配させたのは悪かったと思う。でも、でもそれより先に言うことがあるんじゃないのか?
「電話? は? 俺が出ると思ったのか? ふざけんなよ。なんで俺が帰らなかったのかわからないのか?」
「ごめん、そうだよな。驚いたよな? 俺がうっかりしてたから……」
うっかりってなんだよ。浮気相手と鉢合わせないようにうまく段取りができなかったってことか? やっぱり会話というか、俺の思いが智と噛み合わないような気がしてイライラする。
「美典が失礼な態度とったんだろ? あいつ人の家で寛ぎすぎなんだっつうの……」
「………… 」
いや、そういうことじゃねえんだよ。その美典ってのは何者なんだよ。根本的なところがずれていると感じた俺は、意を決して聞くのが怖かったことを智に聞いた。
「だからその美典って奴は何者なんだよ」
きょとんとした顔で智が俺を見る。俺は何もおかしなことは言っていない。しばらく俺を見つめていた智はハッとした顔をして話し出した。
「美典は俺の妹! そっか! 蓮二さん会った事なかったか! いや、引っ越しの時手伝ってもらったからさ……そうだよ、あの時蓮二さん仕事でいなかったんじゃん。うわぁ、そりゃびっくりだよな! お前誰だよって!」
「……え? 引っ越しって……」
いや、浮気とかそういうのじゃなかったにせよ、突っ込みどころがありすぎて何から聞けばいいのやら……
「ちょっと待て。あれは智の「妹」なんだな? でも何も解決してねえよ?」
ほっとしてるのかなんなのか、すっかり笑顔になっている智を見て、やっぱり俺はイライラがおさまらなかった。
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