夕方のコール

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「将来結婚するなら、まずは一緒に住んでお互いのことをよく知ってからがいいよね。リスクヘッジじゃないけど」  仕事だって結婚に向けてのプロセスだって、何事も合理的で計画的――それでいて礼儀正しく、会社でも、大学の仲間からも頼りにされている。  申し分ない、こんな安心な人はいないだろう、と両親も友達も口を揃えて言う。一つ先を読んで行動する彼には「想定外」や「偶然」みたいな言葉は存在しない。人生のプランを時系列で細かくノートに記入して頭の中に入れているみたいな人だ。  でもどういうわけか、私は時折、彼の計画から思いっきり外れてみたくなるときがある。  それは会話の端々とか所作とかに思う、ちょっとずつ浮き彫りになってくる――私と穂積君との間に感じる、ズレのせいかもしれない。 「詩子はさ、いつまでに子供が欲しい?」  タオルケットをお腹くらいまでかけた穂積君が肩肘を付き、横になってこちらを見る。 「子供?」 「うん、今俺ら二十八でしょ。結婚したらさ」  そう言いながら、タオルケットの中で私の手をそっと握る。 「……うん、そうだね」 「そうだね、って何に対してよ?」  穂積君は軽く笑う。 「仕事が落ち着いたら、かな」  曖昧に返事すると、今度は真剣なトーンで、 「詩子っていっつも曖昧な返事するよね。俺は早く欲しいな。親になりたいし。子供がいてこそ家族って思ってる」  穂積君には折に触れて伝えていたはずだが、イタリア赴任の話が会社で出ている。私がずっと希望していたものだ。  穂積君はそのことを覚えていて、言っているのだろうか――。  黙り込んでいると、穂積君はサッと手を離してベッドからむくりと起き上がると「風呂行ってくる」と廊下の向こうへ消えていった。  シャワーの音がし始めると、私は安心したように枕元の照明を消す。暗闇の中で見開いた目が段々と慣れていく。
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