夕方のコール

8/14
前へ
/14ページ
次へ
「そんなことないよ。もちろんイタリアンも好きだし、それは仕事だけど、島貫と話すの楽しいし、場所はどこでも。それに美味しいものがあれば」  きゅうりの漬物をつまみながら答えていると 「詩子さんってそういうとこありますよね」  またこの間と同じようなことを言われる。 「それ、何? この間も」  早速ももだの、砂肝の串が運ばれてくる。 「しっかりしてそうなのに、案外抜けてて、わりと庶民的なとこ。あと、自覚ないとこ。クールそうに見えて意外と優柔不断で曖昧なところ」 「庶民以外の何者でもないよ。てか、私のだめなとこばっかじゃん、それ。曖昧で優柔不断だから決断できないことばっか」  笑いながら、やっときた煮込みに箸を伸ばす。透明のスープの中心で鮮やかに発色した人参が柔らかくて甘い。 「だめなとこじゃないですよ。詩子さん見てると、人間らしいなって思います」 「え?」 「もしも、ノートに項目を並べてイエス・ノーで全部答えて人生決断できるんだったら、誰も悩まないし、そのかわり、小説も音楽も映画も生まれなかったと思いますよ。『曖昧』にあふれてるから人生なんです」  島貫の言葉にハッとする。  人間らしい――曖昧だの、優柔不断だの、穂積君にダメ出しされていたところばかりを「人間らしい」って言ってくれたのがなんだか新鮮だった。  島貫には、穂積君のことを話したことはない。ただ、同棲している相手がいることは半年前、再会したときになんとなく近況報告の流れで伝えた。  だから、例えば穂積君とうまくいっていないことを愚痴って、島貫がそれに気遣って言葉をかけるわけでもない。ただ、島貫の口から自然とこぼれてくる言葉が私をどこか安心させ、それはいつしか温かい心地よさに変わる。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

18人が本棚に入れています
本棚に追加