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部屋に戻ると、シエルは変わらずソファの上に横たわっていた。
無造作に置かれたシエルの手を何も言わずにキールは握る。暖かいその小さな手に触れらることが、何よりも嬉しかった。
「シエル……シエル、俺はお前をたくさん傷つけた」
懺悔でもするかのように、シエルのそばに跪いてキールは俯いた。トレハースは静かに告げる。
「……時期に娘さんは目を覚ますじゃろう。おそらく、お前が穴に落ちた後のことは覚えていない。心に負担がかかりすぎたからな」
「…………」
「後はどうするかは、お前たち次第じゃ」
「……色々と、ありがとう。爺さん」
「……ふん、娘さんを早く安心させてやれ。……私は奥の部屋にいるから、話終わったら呼ぶんじゃぞ」
「ちょっと力を使い過ぎたわい」と呟きながら、トレハースは奥の部屋に消えていく。
しんと静まり返った部屋の中で、キールはただシエルのことを見つめていた。
それから数分ほど経ち、ソファの上のシエルが大きく身じろぎした。
思わずキールは身を乗り出す。
「う……」
「シエル……!」
「ん……ここは……?」
「西の森の魔術師殿の家だ。シエル、辛くないか?」
「あれ? 私、どうしてここに……って、え……! どうしたのキール」
「なんだ?」
「あんた、泣いてるじゃない」
シエルは驚きながらも、指でキールの頬を優しく拭っていく。それが心地よくて、キールは目を細めた。
「……ああ、俺、また泣いてたのか」
「“泣いてたのか”って、そんな他人事みたいに……」
「そんなことより、シエル」
「ん? 何?」
「抱きしめていいか?」
「はぁ?……って、うわっ! ちょっと!」
返事を聞く前にキールは勢いよく、シエルの腕を引いて抱き込んだ。はじめは何が何だか分からなくて、もがいていたシエルも遂には観念したのか恐る恐るキールの背に手を回した。
それから困惑したような声を上げる。
「どうしたのキール。あんた、さっきから変だよ。それに、何で私ここにいるのかいまいち分かってないんだけど」
「シエル……シエル……ごめん、シエル……」
「だから、何言って……」
「今まで辛い思いさせて、ごめん」
「……キール?」
「崖から落ちて、死にかけて、心配かけてごめん。ずっと目を覚ますの待っててくれたのに、……シエルのこと忘れてごめん」
「待って、もしかして、記憶が戻ったの⁉︎」
「ああ、戻った。全部」
「本当に?」
「ああ」
「……本当の、本当に?」
「ああ」
「……うっ、そじゃ、ない?」
「ああ。嘘じゃない。……だから泣くな、シエル」
キールの肩に顔をうずめて、しゃくりあげるシエルの背中をもう一度強く抱きしめる。
「シエルには、笑っていてほしい。……言っただろ? シエルの笑顔を見ると安心するって」
「ば、か……私がっ、ずっと、どんな思いで……」
「シエル……俺を見捨てないでくれて、ありがとう」
「ばかっ、ほんと、ばか……私があんたのこと、見捨てるわけないでしょ……」
向かい合って額を合わせる。泣きながら見せたシエルの笑顔は、この世のどんなものよりも美しく見えた。
「……シエル、返事を聞かせてほしい」
「……馬鹿、もう言ったよ」
「知ってる。でも、もう一度ちゃんと聞きたい」
「……しょうがないな」
シエルがキールの唇にそっと自分のものを寄せる。
「私もキールが好き。……たとえ、何度忘れられても」
最後の一言は、言い切る前にキールの口の中に消えた。
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