シエルの同期は馬鹿である。

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 キールが事故に遭ったのは、今から半月ほど前のことである。  その日は朝からひどい嵐で、地面が相当ぬかるんでいた。そして、任務の最中にそのぬかるみに足をとられて、キールは崖から落ちた。  崖の高さはあまりなく、下にも緑が生い茂っており、幸いにも目立った外傷はなかった。……身体の方には。  その代わりとでもいうべきか、頭の方は強く打ち付けており、一時は生死の境も彷徨った。  それでもなんとか一命を取り留め、身体も順調に回復し始めた矢先にが判明した。 『なぁ……あんた誰だ?』  そんなお決まりのフレーズを、キールが吐いたのは彼が意識を取り戻してから3日ほど経った頃だろうか。  実は、この時シエルはそこに居た。というか上記の台詞を言われたのがちょうど見舞いに来たシエルだった。尤も、その時のことをキールは意識が回復したばかりだったので覚えていないだろうが。  そのままあれよあれよという間に様々な検査が行われ、キールの記憶喪失が判明した。  どうやらキールは自分のことや家族のことなどは覚えているが、友人に上司や同僚、仕事のことなどは曖昧で、ほとんど覚えていないようだった。  それでも何人かに1人は顔を見たことがあると言ったり、名前だけ知っていたりと断片的な記憶はあるの。しかし、何故か同期であるシエルのことは全くと言っていいほどキールは覚えていなかった。 (……仮にも、自分が告白した相手なのになぁ……)  キールのことを考えながら、頭の中でシエルは不満を漏らす。  実は、事故に遭う前日にシエルはキールに告白を受けていた。王城の夜の巡回の際、2人きりになったわずかな時間で言われたのだ。 『お前のことが好きだ! シエル! お、俺の恋人になってくれ!』 『……は』 『待て! まだ返事は言うな!』 『えっ?』 『どっちに転んでも、明日の任務が手につかなくなる! 返事は明後日にしてくれ!』 『な、なにそれ……』  では何故今告白したのかと呆れて問えば、「今しかないと思ったからだ!」と馬鹿みたいな返事が返ってきた。それでも、そんな所も愛おしいと思えるくらいにはシエルもキールのことを想っていたのだ。 (……結局、返事どころか存在も忘れられちゃったけど)  そう思うと、自然と自嘲的な笑みが漏れた。無意識に握りしめた手に爪が食い込んで、その痛みでハッとした。それからゆっくりとした仕草で作業に戻る。  現在、シエルは鍛錬場で日課の武器の手入れ中である。ちなみにキールは休養中のことに関する書類の提出があるとかで、事務所の前で別れた。  告白のことは誰にも言っていない。もちろん、キール本人にも。  常識的に考えて、いきなり知らない女に「私も好きだ」と言われてもキールが困るだけだと分かっていたからだ。 (……友達以上恋人未満から、恋人に昇格するどころか、1日で赤の他人に格下げだなんて、とんだ笑い話だ)  笑い話のはずなのに、どうしようもなく悲しいのは何故なのだろうか。  視界が悪くて、しばらくの間シエルは作業ができなかった。
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