シエルの同期は馬鹿である。

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「なぁシエル。お前ってさ、いつもそんな顔してるのか?」  次の日のことである。シエルは模擬戦闘の後、キールからそんな風に声をかけられた。  運動後の汗を拭きながら、シエルは答える。 「……どういうこと?」 「いや、昨日会った時から思ってたんだけどな。シエルお前、ふとした瞬間に何か思いつめた顔してるだろ?」 「…………そう、かな」  ドキッと心臓が跳ねた。  キールは馬鹿だが、昔からこういう他人の感情には敏感だった。特に悲しみや恐れなどの負の感情はすぐに気づく。記憶があってもなくても、そんな所は変わらないのだろう。  心配そうにこちらを見る彼の視線が、今のシエルには痛かった。 「何か悩んでることでもあるのか? いや、病み上がりの俺じゃ力にはなれんかもしれないが、それでも少しなら——」 「……確かに、悩み事はある」 「お、何だ? 遠慮なく言えよ!」 「実は私、あんたにお金貸してたんだよね」 「……え?」  キールの目が点になる。 「銀貨5枚。あんたが事故に遭う前に貸してたんだけど……今のあんたは綺麗さっぱり忘れちゃってるでしょ? だから、もう返ってこないのかなって……」 「……なーんだ! そんなことか! 馬鹿だなシエル! 安心しろよ、記憶があろうが無かろうが銀貨5枚くらいすぐ返すぜ!」 「ちょ、キール、痛い痛い」  ガハハハと豪快に笑いながら、キールがバシバシと背中を叩く。どうやら上手く誤魔化せたようだ。  人の感情には敏感なくせに、変な所で単純だなぁとシエルは思わず笑ってしまう。  その顔を見て今度はキールがニカッと歯を見せて笑った。 「やっと笑ったな! やっぱお前は笑ってる方がいいな」 「え……」  驚いてキールの方を見る。 「なんか分かんねぇけど、俺、お前が笑ってる方が安心するんだよなぁ」 「……そっか」 「あっ、おい! また戻ってるぞ!」 「また見たいなら金貨3枚頂きます」 「金取るのかよ!」  騒ぎ立てるキールをよそに、シエルは緩慢な仕草で立ち上がる。  必然的に目線がシエルの方が高くなり、キールを見下ろす形になった。不思議そうにこちらを見上げる藍色の瞳と目があって、居たたまれなくなって逸らす。 「……なぁ、シエル——」 「キール、シエル、ちょっといいか」  キールが何か言おうと口を開きかけた時、2人の上司である騎士隊長の声がかかった。  ◇ 「西の森の魔術師……ですか?」  シエルの言葉に、騎士隊長は深く頷いた。 「そうだ。その魔術師のもとに、キールと一緒に行って欲しい」 「俺とその魔術師って知り合いなんすか?」  隣で一緒に話を聞いていたキールがそんな疑問を口にする。 「いや、知り合いではない。ただ、お前に関係があるのは確かだ」 「?」 「何でも、西の森の魔術師は人の心についての研究に熱心らしい。記憶に関する魔術にも長けているとか」  その一言ですぐにシエルは合点がいった。  つまり、騎士隊長はキールの記憶を取り戻す手がかりを掴むためにその魔術師の所へ行けと言いたいのだろう。今まで崖から落ちて頭を打ったという外的要因ばかり気にしていたが、今度はキールの潜在意識、内面からもアプローチしてみようと考えたのだ。 「向こうにも書状で話は通してあるから、明日にでも行ってこい」  騎士隊長のその言葉を最後に、その場はおひらきとなった。 「…………」 「…………」  その帰り道、キールとシエルは互いに口をつぐんでいた。  シエルは普段からよく話す方ではないが、記憶をなくした後も変わらずお喋りであったキールがここまで黙っているのは珍しい。  それほどまでに、キールも真剣に考えているということだろか。 「……なぁシエル」 「……何?」  しばらくして、遠慮がちにキールが口を開く。 「記憶をなくす前の俺って、どんな感じだった?」 「…………」 「シエル?」 「……別に、今のあんたと変わらないよ。お調子者で単純で体力だけ人一倍ある馬鹿」 「なっ、ひでぇな! シエルお前、俺のことそんな風に思ってたのか⁉︎」 「……なによ、今の方がカッコいいとでも言って欲しかったの?」 「ばっ、そういことじゃ……」 「変わらないよ」  強い口調でシエルは言う。 「今も昔もあんたは変わらない。キールはキール……でしょ?」 「……お、おう……そっか、そうだよな」 「そうだよ」 「……俺は俺、だよな」 「うん。キールはキール、他の誰でもないよ」  シエルの言葉に安心したようにキールが目を緩める。  きっと不安だったのだろう。そりゃそうだ、目が覚めたら知らない人達に囲まれて、向こうは自分を一方的に知っていて、怖くないわけがないのだ。  実際、キールの性格は記憶をなくす前と何も変わらない。ただ、記憶がそれに追いついていないだけだ。 (……キールは変わらなくていい。変わらなくちゃいけないのは、私の方だ)  たとえキールが記憶を思い出せなくても、シエルはそれを受け止めなければいけない。過去のことなんて、忘れなければ。  そう思いながら、シエルはひっそりと己の手の平を握り込んだ。
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