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シエルの同期は馬鹿である。
どれだけ馬鹿なのかと言えば、任務中に足を滑らせ崖から落ちた挙句、記憶喪失になるくらいには馬鹿である。
「よぉ! お前がシエラか? 俺はキール、よろしくな! ……って、そっちは俺のこと知ってるんだったか」
記憶喪失になったというのに、悲壮感をまったく感じさせず呑気にこちらに挨拶するこの男。
彼こそ、シエルの同期の騎士キール・ジャンナーである。快活で気の良い男ではあるが、少々抜けているというか、前述した通り間抜けなところがある。
そんな彼を前に、シエルは努めて冷静な声をかけた。
「……よろしく、キール。それと私の名前はシエラじゃなくてシエルね」
「あっ、悪い! まだ完全にみんなの名前覚えきれてなくてさ」
「いいよ、気にしないで」
申し訳なさそうにするキールに、シエルは首を振る。
記憶を失くす前のキールも出会った頃はよく人の名前を間違えていたのであまり気にならなかった。
「しばらくは私が一緒に行動することになるから、よろしくね」
ついこの間まで病床についていたキールはまだ記憶が曖昧で、前の自分の仕事でもある騎士の業務も忘れてしまっていた。
そこで彼のお目付役に抜擢されたのが同期であり前々から行動を共にすることも多かったシエルである。
「おう、こちらこそよろしくな!」
人当たりの良い笑顔を浮かべてキールはシエルの手を取って握る。少し角ばった大きな手のざらついた感触も、少しぬるく感じる暖かさも、いつもと変わらないキールのものなのに、目の前の彼はシエルのことを1つも覚えていない。
そんな事実が、シエルにはひどく滑稽に思えた。
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