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不意に聞こえた声に我に返った。
右手に握りしめていた扇子に気づいたお母様が尋ねてきたわ。
膝の上に置いていた右手に目をやるとボロボロになった扇子が目に入った。
ずっと握りしめていたんだわ。
気付かなかった。
「ごめんなさい、お母様。少し力を入れてしまったら折れてしまいましたの。せっかく買って頂いたのに粗末にしてしまって申し訳ありません」
わたくしは目を伏せて謝ったわ。
二人だけの空間で二人だけの会話。甘ったるい恋人同士のような仲を見せつけられて、はらわたが煮えくりかえるくらいに悔しくて憎くて、持っていた扇子に力が入ってしまった。
でもあんなに簡単に折れるとは思わなかった。扇子って案外もろいものなのね。
「いいのよ。ドレスと一緒に新調したはずなのに、不良品だったのかしらね。また新しいものを買えばよいわ」
「お母様、次は丈夫で長持ちするものがいいですわ」
「そうね。よく吟味して買いましょう。わたくしも新しい扇子が欲しいところだったのよ。ちょうどよかったわ」
お母様は折れた扇子などには興味はなさそうで、買い物をすることに頭がいっぱいの様子。折れた理由を聞かれても答えに困ったから助かった。
怒りにまかせて真っ二つにしたなんて言えないわ。
自嘲気味に口の端を持ち上げた。
扇子が折れたせいで、二人に見つかってしまったけれど、むしろチャンスだと思ったわ。ここで顔見知りになっておけば、また会う機会が訪れるかもしれない。
わたくしのことを知ってもらえれば、フローラよりもずっと魅力的なことがわかるわ。
王子妃に相応しいのはわたくしだときっとわかってもらえる。チャンス到来だと思ったのに。
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