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「はい」
鼓膜を震わす声が心の奥を刺激して切なく疼きます。
「逃げませんよ。大丈夫です。ですから……」
離してください。とは言えませんでした。
レイ様の温もりが大好きだから。レイ様の腕の中はこんなにも心地よいものだと知っているから。今だけだからと狡い気持ちを隠して。
「ローラの逃げませんは信用できない」
「それは……」
逃げたのは一度だけで、この前は逃げようとは思ったけれど、我慢したわ。
「ふっ」
レイ様が微かに吹き出したのがわかりました。耳元で息がかかるのは心臓に悪いわ。こそばゆさに身を捩ってしまいます。
「ほら、そんなに動いたら抱きしめられないよ。じっとしてて」
クスクスと笑いが漏れて甘い声が降ってきます。
耳元で囁かれると何かがせりあがってくるような未知の感覚が私を襲いました。でもそれは嫌な感覚ではなくて、むしろ心地よいような気がして、不思議な気持ちになります。
「うん。いい子だね」
言う通りにピタリと動きを止めた私をご褒美とばかりに頭を何度か撫でるレイ様。小さい子供のような扱いにホッとするような寂しいような……
そろそろ夕闇が近づいてきました。刻々と時間は過ぎていきます。
「ローラ」
甘美な雰囲気に酔っていた私の耳元で、シリアスな声に現実に引き戻されました。
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