50 ビビアンside⑤

6/29
前へ
/774ページ
次へ
♢♢♢♢♢♢ 「お嬢様。このままトーマス様と結婚なさるのですか?」  ある日、わたくしの髪を梳いているエマの声がした。鏡越しにエマと目が合う。悲し気に表情を曇らせた彼女は目を逸らすようにして、止めた手を動かし始めた。 「そうね。もう決まったことだもの」 「そうなのですね。悔しいです。あんなに愛し合っておられたのに、別れなければならないなんて」  エマの表情に無念さが滲み出ていた。彼女は今もわたくしの夢物語を信じている。嘘を信じているエマが少し不憫に思えてしまった。あれは作り話だったといつか打ち明けた方がいいのかもしれないわ。でも、いつ言えるのかしら。 「でもね、エマ。これからはトーマス様が幸せにしてくださると思うわ。だから大丈夫よ」  覚えたての名前を呼んで、主人の悲恋に沈痛の面持ちで髪を整えるエマに鏡越しに微笑みを作って見せる。幸せになる要素などどこにも見当たらないけれど、結婚すれば変わるかもしれない。希望的観測を信じて明るく笑って見せる。 「お嬢様」  エマは涙をこらえるようにくしゃりと顔を歪めたけれど、すぐに気を取り直していつもの表情に戻った。  支度を整えると姿見で全身を映してみる。  髪型も化粧もドレスもネックレスに至るまでいろんな角度から確かめてみても完璧な装い。  三人のメイド達で仕上げたトータルコーディネートだものね。  自分でも見惚れてしまうほどだわ。  けれど、足りないものが一つだけ。
/774ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3367人が本棚に入れています
本棚に追加