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「ぐぐっ……!」
亜希は歯を食いしばった。ふたりの手はぶるぶる震え、欄は大口を開けてかぶりつこうとしている。肩も押し返して対抗するが、一進一退の攻防だ。
「いきなり何!?」
たまらず問うと欄はすかさず答えてくる。
「だって甘くないんです」
「はあ!?」
「私のケーキ、甘くない……」
欄はこちらに涙で濡れた黒目を向ける。餌をねだる子猫のように訴えてきて、亜希は眉を跳ね上げた。
彼女のケーキはザッハトルテだ。見ればひと口しか欠けていない。見るからに苦そうなものを選ぶからてっきりそういうのが好きなのかと思っていたが、間違えてしまったのか? それは残念だったと思うが。
「だからって人のを取るな!」
「いいじゃないですか。亜希ちゃん先輩もまずそうにしてたし」
「いやいや、ゆっくり味わってただけだから!」
「分け合いましょうよ、桃花と美紘先輩だってしています」
「これ分け合うとか可愛らしい展開じゃないから!」
(って、え? 美紘が分け合ってる?)
不思議に思ってそちらを向いた。慌てた桃花が「欄ちゃん、駄目だよ!」と参戦し、美紘はウェットティッシュをスタンバイしたまま観戦を楽しんでいる。
ふたりのケーキは互いに差し出し合うように並んでいて、桃花の口周りには、桃花の頼んだいちごみるくケーキの生クリームと美紘の頼んだフルーツタルトのカスがついていた。
(どういう風の吹き回し? 部活内での回し飲みも食事時のおかず交換も嫌がる潔癖症なのに)
それにあのウェットティッシュ。もしかして、桃花のために?
「むう~!」
そうこうしてる間に決着がついた。欄は不満げな声を上げるが、桃花には頭が上がらないらしい。
「元に戻す! 亜希ちゃん先輩に謝りなさい!」
ケーキが皿に戻ってくる。欄は口惜しげに頭を下げた。
「ごめんなさい」
「いや、全然悪いと思ってないよね?」
「いいじゃない、大人げないわよ?」
美紘が口を挟んできた。亜希はムッとそちらを睨む。
「せっかく別々のケーキを頼んだんだから仲良く分け合えばいいじゃない」
「いえ、駄目ですよ! 欄ちゃんの教育に悪いので甘やかさないでください!」
「あら」
「ごめんなさい、亜希ちゃん先輩!」
どうやら桃花が一番まともであるらしい。ぴょこんと頭を下げられると少しばかり怒りも和らぐ。彼女は遠慮がちにお願いしてきた。
「あの、でもよかったら欄ちゃんと分け合いっこしてあげてもらえませんか? 私達だけしてるからきっと寂しかったんだと思うんです」
「はぁ……」
それは別にいいのだけど。
「桃花と美紘は? なんで欄を仲間に入れてあげないの?」
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