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侵略者のナナリー
人を呼び出しておいて遅刻とは、まったくいいご身分である。私は窓の向こうを見つめて、はぁ、とため息をついた。
『英輔さんのことで相談があるんだけどおおおおお!』
そんな情けない電話がかかってきたのが、つい昨日のこと。いくら近所に住んでいる同期の友人とはいえ、土曜日の午前中に唐突に呼び出されるこちらの立場も鑑みて欲しいものである。朝っぱらから何処に出かけるんだ、と怪訝な顔をする旦那をどうにか誤魔化して、適当に見繕ったコートとブーツをつっかけて急いで出てきた午前十時。場所は、駅前のカフェ。
呼び出した本人は、カフェの有線放送が“十時になりました”とラジオ番組を始めても一向に現れる気配がなかった。元々ズボラな性格の友人であるのはわかっている。なんせ学生時代から、移動教室を忘れて教室でぽつんと待ってたり、学校に来た瞬間に“タブレットがない!”と叫びだしたり、しまいには家について一時間過ぎてから財布を落としたことに気づいたりという人物である。幼馴染であり、今の職場でも同期という腐れ縁。一体何度、彼女の残念っぷりに振り回されたか知れない。
――まーた何か落としたとかミスったとか?そんなんじゃないでしょうね。
まあ昨日のしっちゃかめっちゃかな電話から察するに、自分と違って出かける理由を夫に納得してもらうのに手間かかかっても仕方ないなとは思っている。彼女の旦那どころか、年頃の娘にも疑惑の目を向けられているというのだからどうしようもない。せめてもうちょっと上手に演技できるようにしなさいよ、なんてアドバイスは斜め上が過ぎるだろうか。
「!」
唐突にスマホが震える気配があった。すわ、当の本人からの連絡か、と思ってメールを確認するも、残念ながら完全に別件である。
というか、仕事のメールだった。ものすごく簡単に言うのなら、最近どいつもこいつも規律違反が目立つからちゃんと身を引き締めろ、我が社の利益を損なうような行動は慎め!というお叱りの内容である。いや私は関係ないし、とは言えない。多分、先日同じ課の後輩が、仕事先で出会った千葉県の男性と恋に落ちて不倫を楽しみまくっていた件もあってのことだろう。あ、こいつガチ恋してんな、というのはその後輩を見ていてすぐに気づいたがスルーしていた。人の恋路に足を突っ込むほど野暮ではないし、というか面倒事に巻き込まれたくなかったからというのが大きい。私達の仕事は、現地の人と交流する機会が非常に多い。本気で仕事先の人と恋愛を楽しんでしまう社員がいるのもわからないことではなかった。
ただし、それはそれとして規則違反であるのは間違いない。
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