侵略者のナナリー

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 お得意さんと恋愛関係になって、それで仕事に支障を来すようでは論外なのだ。単身赴任の後輩(ちなみに女性)も地元では専業主夫の旦那を待たせていたはずだった。それなのに、仕事先の男性に惚れこんでしまったのは――それだけ、その人に魅力があったということなのだろうか。一度だけその“千葉県の男性”の写真を見せて貰ったが、私には一体どこがそんなにカッコよく見えたのかさっぱりわからなかった。彼女の琴線に触れたのは、外見のカッコよさではなく内面の男前ぶりだったという可能性もあるにはあるけれど。 ――そもそも、不倫したいって考える人の気持ちがまったくわからないんですけど。  同僚やら先輩やら後輩やら。まあ、規則違反にうっかり手を染めてしまう人間が少なくないのは知っている。だが、私はけして一線を踏み越えることはしないという自負があった。理由は単純明快、今の仕事に誇りを持っているからだ。自分達の仕事は、まさに世のため人の為になることだと信じている。有給申請が通りづらいし、やや残業が多いことに関しては物申したい時もあるが、仕事の内容を思えば致し方ないことが多いのは事実だ。その分給料は、一般的なOLと比べると多く貰えている自負はあるので割に合わないということもない。  禁忌を犯すことに、快感を覚えてしまうのだろうか。  それとも禁忌だと分かっていても、一度恋に落ちてしまったらそこから這い上がることは難しいということだろうか。  現在の職場はメンバーが殆ど女性ばかりであるし、大半が既婚者ときている。“この人と添い遂げたい”と思う人を見つけてそこにいるはずなのに、別の男性と(それも仕事先の人と)恋に落ちてしまう気持ちが、私にはどうしても理解できなかった。 ――ていうか、そもそも仕事先にそんなイケメンなんかいないから無理ってのもあるんだけど。  私は現在の得意先の相手の顔を思い浮かべて、思わず独り言を呟いてしまった。 「いやいやいや無理でしょ無理でしょ。あれとガチ恋愛とか想像するだけで寒気がするわ。ストライクゾーンどころか完全デットボールでしょー……」 「?」  そのタイミングで丁度、注文を取りに来ていたウェイトレスが首を傾げた。日本人にしか見えない女性の口から、何語か分からない言語が飛び出したから驚いたのだろう。独り言ではどうしても、母国の言葉が出てしまう。 「あ、す、すみません」  これは、こっちから話しかけないと日本語が通じないと誤解されかねないやつだ。私は慌てて笑顔を作って彼女に向き合った。 「この夕張メロンパフェと、コーヒー貰えます?」 「!……ありがとうございます。夕張メロンパフェと、コーヒー単品ですね?」 「はい」  ウェイトレスが、明らかにほっとした様子で注文を繰り返した。  ちなみにここの夕張メロンパフェは、とっても大きくてメロンがしこたま乗っている豪勢なやつである。値段も当然、それ相応の代物だ。  盛大に遅刻している誰かさんに奢らせる気満々の私だった。
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