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心の中の〈尚人と暮らしている日常〉を映すスクリーンが揺れてしまうから。 外出はなるたけ無くし、勤め先と家の往復だけで済ませるように心がけた。 世の中の変化から目を背けるためだ。 流行りのものにも飛びつかないようになった。 節約と言うより、世の中の移り変わりを意識しないためだった。 マグカップひとつとっても、尚人と一緒に暮らした頃のままにしないと心が落ち着かなかった。 次第に家族や小夜子達、行きつけの喫茶店ダリからも足が遠のいていた。その年のクリスマスイブ。 飯野加代から電話をもらったときには戸惑いしかなかった。 「……孫がね、あぁ、アヤじゃないのよ。外孫、嫁に出ていった娘の子なの……」  病気を患っている孫が長い入院を嫌がって自宅療養しているのだという。ただ退院したものの家族には仕事があり、いつもついてやるというわけにいかない。そこで孫の生活の世話や話し相手になってくれる人間を探しているのだとか。 「色々つてを探してみたの。けれど、なかなか良い人が見つからなくて。そしたら急にあなたのことが頭に浮かんだのよ。突然こんなお願いをして不躾かと思ったんだけど……どうかしら?」
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