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「すまない……困らせたいわけじゃなかった」
静かで、ちょっぴり沈んだ声を出させたことが申し訳なくて、ゆかりは後ろを振り返る。
そこには膨らんだボストンバッグを肩がけに立つ誠がいた。
「悪いけどオレ、帰る」
「え?」
急に言われてゆかりは戸惑った。
だって、さっき一緒にチェックインして部屋に着いたばかりだったから。
目を見開いたまま見つめていると、ゆっくりと近づいてきた誠に、
「どこかへ行きたいって誘われて、この島まで来て、ようやく誰かの邪魔なしでお前のことオトせるって、オレ張り切ってたんだけどな」
と、頭の上にポンと手を置かれた。
「実はオレ、明日病院の予約があるんだわ」
忘れてたぁーと、カラカラ笑う誠をなおも見つめる。すると、くす、と苦笑いをこぼして、
「あぁ、単なる健康診断。骨髄提供した後、受けなきゃならないとかで。全然大丈夫だから。心配しなくていい」
と誠が言った。
「骨髄……?」
とつぶやいたゆかりに誠が頷く。
「姉貴のことがあって、病院ってとこには色々思うとこはあるけどさ。なんつーか、オレのガタイ使って人助けできるならやらない手はないかなって思うところもあってさ」
いつ、骨髄提供したのだろう?
咲良の顔がふと頭に浮かぶ。
(そんな偶然、あるわけない……よね)
と思い直す。
「ごめん……急に私、ダリに行ったりして。迷惑かけてるよね」
ゆかりは視線を落とした。
井橋家を抜け出てからあちこち転々とした。
ネットカフェで寝泊まりしたこともあった。
結局最後に行き着いたのは〈ダリ〉で……。
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