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 同時に〈彼〉が一歩踏み出した。 ゆかりは両手を胸に後ずさる。 (……桜亮さん?!)  まさかそんなはずない。  というか、そうであってはいけない。  足をもつらせ後ろ歩きに逃げるゆかりにベッドの端が引っかかった。 「あっ」  ふかふかのベッドに背中からダイブしてしまった。〈彼〉がのしかかってくる。  胸を密着させられるともう身動きできない。  唇を塞がれ、握った拳で〈彼〉の胸を叩いた。  力が抜けてゆく。  舌の付け根を吸われると身体の芯がとろけたようになってしまって、もう駄目だった。  息継ぎの合間唇を離された時、顔を背けるのが精一杯。  自分と〈彼〉、二人の息遣いがやけに大きく聞こえる。  頬をぬぐられ、自分が泣いていたと気付かされる。 「……あ、あなたには咲良さんがいるでしょ」  気力を振り縛って、なんとか言えた。  〈彼〉の瞳の中から見つめ返してくる自分自身をゆかりは見つめる。 「違う……」 「なんでわざわざ」 「違うんだ!」  掠れた声だった。 (香がしない。桜亮さんの香水の香り……)  心の中に、ポッと明かりが点った気がした。  まさか……。 「あ、あなたは……誰」  変に期待したくない。もう、傷つきたくないから。でも。 (でも……っ)  近づいてきた唇を、顔を背けてかわす。
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