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 ゆかりが顔を向けた先、真っ白なシーツの上に、黒いペンがポトリと落ちコロコロと転がった。 「説明させてほしい。色々と」 「……うそ」  頭の中が真っ白になるというのはこういうことを言うのだろうか。 「もう一度俺にプレゼントして」  黒いボールペン。 手渡されて、震えた指で受け取ったゆかりの手に尚人の手が重なる。  その指を一本一本触ってみる。 触って、確認できるなんて思わないけれど。 大体、死んだ人が生き返って戻ってくるなんて可能性あるわけないって、常識でわかるじゃないか……。 では、今自分を抱きしめている〈彼〉は桜亮なのか。 それでいいはずがない。 そんな可能性ない。でも、その答えしか残っていない気がする。 「ゆ……夢じゃ、ない?」  ささやくと、もう一度抱きしめられた。 「名前を呼んで」 相手の声も震えている、とわかったら少しだけ落ち着いた。 ——私の知っている〈彼〉は、完璧で、ちょっと甘えたがりで。 「君に呼ばれないと、俺は戻った気がしない」 (……私を追いかけてくれる人) ——ここまで来てくれた! 「う……うぅ……っ」 両手で顔を覆い、しゃくりあげ出したゆかりの頬を、前髪を、懐かしい大きな手が優しく撫でてゆく。 「私は夢を見ているの?」 「ひとりにして悪かった」  まばたいたら、目の前の人が消えてしまわないか心配で、ゆかりは目を見開いたままでいる。 だって、 「わ、私、歳取っちゃって」 と言っている今、このことが現実な気がしない。 「俺は知らないうちに随分サバを読まされていたよ」 「何歳?」 「五歳……いや、六歳かな」 「……ふ。サバを読みすぎです」  ぎこちなく笑ったゆかりの瞳はまだ揺れているのだ。 (本当に? これは現実なの?)と……。  無言のまま見つめ合っていると、スマホの着信音が鳴り響いた。  今度はゆかりの荷物の中から。  鳴り続けるそれに、〈彼〉が体を起こしゆかりの手を取り立たせてくれた。
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